日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

インドにて、最終日に解けたこと。

今日の夜…(18日の00:00)発の飛行機で日本に戻ります。
本当は17日の22:00でしたが、ちょっと遅れるみたいです。

 

当初、チェンナイ付近の観光地(マハーバリプラムやカンチープラム)
に寄ってから帰国しようと思ったものの、、、
ここに着いた日に全てを取りやめて、
ここティルバンナマライのラマナシュラムに最後まで滞在することに決めたのは
自分でもよくわかってない理由がありました。

 

結局一週間ここに居たわけですが、
最後の夜になって、なんで旅の最終地がここになったかが
スパーンと繋がって見えたのであります。

 

 

自分としては、予想だにしてなかった、あまりにびっくりな結論でした。

体調が戻ってからというものの
日に日に、ラマナが20年間そこで人々と居たというスペースにある
ラマナの肖像画の前での瞑想時間を延ばしていくことができた私。

 


しかも、いつも、肖像画の前の辺りのスペースが空くので
必然的にラマナの前に座り、肖像画と向き合うことになる。
どこに座っても、ラマナと目があってる気がしてしょうがない。


ラマナシュラムに着いて一番感じたのは
他のアシュラムや寺院に比べて圧倒的に静かだということです。


それなりにチャンティングもあるし、神像もあるし、
道路に出れば往来は激しいし
物乞いはいるし、日々の日課はあるのだけれども
何かが圧倒的に静かなのです。


それではっと気づいたんだけども、
それは何に起因する静けさかというと
マーヤが少ないからなんだ、ということ。


ラマナの教えは有名な一言に集約されていて
それは、いわずもがな

「私は誰か?」

であって、それ以外の何でもないわけですが、、、
ジャパしろでも、神を瞑想しろでも、神像崇拝しろでも、プージャしろでもなく
私は誰か?に深沈せよ、というのがラマナの教えです。

いうなれば、直球ど真ん中だけに集中すること、
そして、それ以外は全てマーヤーだ、というがごとく。


そして、ここには、携わるべきセヴァも、日々強要される日課も何もない。
食事も無料。宿泊費もドネーション
(言っときますがしっかり相応額ドネーションしましたよ、私・笑)、


課されるのは、「私は誰か?」というキーワードだけで、
ある意味、あとは全て放っておかれる。


実は。


私はこの旅で、インド名を変えたのです。


アンナプールナ・ダーシーだった私。


「ダーシー」はラーダーラーニ(クリシュナの最愛の恋人)の
「侍従」
という意味であり、男性形は「ダース」になります。


というのも、インドにきて、2週間ほど経ったある日、
スワミジがわたしにこう聞きます。

ス「君の名は、イス〇ンかな?」

私「(慌てて)いえ、違います」

その後、少し話をしていると…

ス「ラマナは、『ダーシ』とは何か?『ダース』とは何か?」とそういう名前の人に問うた。
それはいつまで経っても、仕えるものと仕えられるもののふたつが存在する。
決して、不二一元論(アドヴァイタ)にはらならない。」

わたしはこの説明に、心から同意したわけです。


ちょっと脱線しますが、

実は、W先生はまずインドにいき、

シヴァナンダ系列のヨガのアシュラムで出家しており
名前もそれに沿った名前をもらっているのです。

 

その後、チベットに渡ったので、その頃のなごりはあんまりないのですが
当時は毎日、スートラ・ネティ(鼻に紐通す浄化法)やったり、バジャンしてたよと言ってました。

 

そんなこんな系譜を知ってもいたのと
アドヴァイタでありたいという気持ちから、こんな質問をしました。

 

私「名前を変えることはできるんでしょうか」

 

ス「できるけども。アンナプールナは、パールヴァティの化身で、とてもいい名前だから、
ダーシーを取ったらどうだい。」

 

私「(数日熟考したのち)そうします」

ということで、儀式もしてもらい、
わたしは晴れてインド名「アンナプールナ」になっていたわけです。

そして、そこにはラマナが一枚噛んでいたわけですね。


更に。


私はアンマのアシュラムで、夜のキッチンの皿洗いのセーヴァと
神器磨きのセーヴァをしていたわけですが

 

そこで一緒だったドイツ人のクリスティアンという男性が、
突然ラマナの話をしてきたのです。

 

「ラマナに人に対する思いやりについて質問したディボーティーが居て、
その時、ラマナが返した言葉がなにかわかる?
『Who Others?』。
(=どこに分け隔てるべき他者が居るのか、という含みを持つ答え)
最高だろ?
ちなみに、ラマナシュラム、一人部屋だし食事はおいしいし、セヴァもなし。最高だった」

 

その後ずっとこの
「Who Others?」
が私の頭にこだますることになります。


更に。


私はそのあと、ミーナクシ寺院に行ったわけですが
ラマナはなんと、ミーナクシのあるマドゥライ郊外出身であり

目覚めが始まった若かりし頃、ミーナークシ寺院に入っては
神像の傍からは離れずずっとそこに居たという逸話が残っていたのを
偶然、空き時間に本で読み、
透徹した聖者のラマナが神像に傾倒した逸話は知る限りこれだけです。

 

一冊だけ持参した本も、ラマナの本。

 

そして、ラマナの前に座って
Who am I ?
と念仏のように唱えていると
なんか、今までにない感覚がやってきたのです。


不思議な不思議な感覚です。
と同時に、こころがとても落ち着いてくる。


そして、瞑想ホールに居るとき
「わたしは今、ラマナに会っているんだ」
という想いが突然やってきたんです。


それは、しばらくして
「わたしは、ラマナに会いに来たんだ」
に変わりました。


徹底したジュニャーナであるラマナは
「愛」については決して多くを語らない
(なぜならそこには「愛するもの」と「愛されるもの」が生まれるから)

でもこの聖者の目を一目見れば
「愛」以外の何物でもないということが誰にも知れる
腰巻だけの目だけぎょろつかせた老人。


こうもり傘をさしてニカっとわらっている写真、
動物とたわむれている写真、
そして、敷物の上にゆったり横になっている写真。

 

わたしは、ラマナに会いに来たんだ!


と解った瞬間に、胸のつかえが落ちたみたいに
なにかがすっきりして、一点の曇りもなく、納得されるのと同時に
ラマナ・サッグル、ラマナ・サッグル、ラマナ・サッグル、ラマナ
というフレーズがあたまにこだましてきました。


シヴァナンダじゃなくて、アンマじゃなくて、ラマナ?

 

ああ、おそらく、

シヴァナンダであり、アンマであり、そして

ラマナ、サッグルなんだ。


それがわかった瞬間、
小躍りして瞑想ホールとびだし、
部屋に戻ってこれをしたためました。

 


本日の午後にここをでます。


それまでの残された時間、
なにを思い煩うことなく、
ラマナの傍で瞑想しようと思っています。


神様、インドに来させてくれて、
ほんとにありがとうございました。


願わくば、どうか、今まで見付けることができなかった
もうひとつ深い場所にいけますように。


そして、日本でもまたやっていけますように!