日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

最近の独り言

メープ氏(仮)が手配してくれた切符が

12時間ずれというどうにもならないチケットだったことが

むこうのアシュラムのおじいさんの指摘で明らかになり…

 

うおーやばい!立往生になるところだった!!

 

というわけで、昨日は夜通し別ルート考えたり

うまくいかなくてスタックしていたけれど

さらにじいさんの素晴らしい提案で

上手くいきました……

 

私は飛行機があんまり好きじゃなくて

というのは、

折角の距離をないものにしてしまうからで

できれば地を這いながら、

移動の中で、自分なりの距離感を養って

目的地に到着したい

というのが常日頃のわたしのスタンスで

 

ただ、そうもいっていられず

結局チェンナイから飛行機で目的地付近の空港に降り立つことにした。

 

まぁ、格安航空券で日本から渡るので

渡航時間が半端ないので、

身体の負担から考えるとそのほうが今回に関してはベターなんだと思う。

 

途中のトランジットがバンガロールだから

うまくいけば、サイ〇バ様の空気が吸えるかもしれないし。

 

それにしても

向こうのアシュラムのおじいさんは

かなりの敏腕かつ優しさを兼ね備えた対応で

メールからも深い帰依が伝わってきて

あぁ、わたしは一か月間そういう人の傍にいられるんだな

というのが、心にしみてきた。

 

今仕事を家でしているので

メールが入って来たらすごい気になるし

それなりに一個一個対応していかないといけないしで

神様モードに入っても、現実モードに引き戻されることも多い。

 

だから、そういうのをいったんぶった切って

更に

ここ数年でいろんな方向に広がった交友関係からも遠ざかって

全く知らないところで

やってみるのは、なかなかにワクワクする。

 

愛する植原先生に行ってきますメールを送ると

滑稽な顔文字とともに、愛がふわっとやってきて

思わずにんまりした。

 

昨日は、いろいろと感情的なものをかきたてられつつ

お祈りの会のTさんという女性に

わたしの家の植物ちゃんたちをあずけてきた。

 

私の家には今年のアンマのダルシャンで買ってきた

トゥラシーちゃんがいらして

かれらを誰に預かってもらうかが、わたしの懸念だったので

いい人に預かってもらってよかったなと思った。

 

Tさんは、若干発達障害をかかえたお子さんを育てていて

それについて

あまり人と話す機会もないようで

たくさん話をして、聴いてくれてありがとう、みたいなことを何度も言われた。

 

わたしたちは、話をしなさすぎなんじゃないだろうか?

人の迷惑とかを考えすぎなんじゃないだろうか。

そうこうしているうちに、お金を払わないと人とも話せなくなったりして

そういうのが現代だと思う。

 

話すことは、気持ちを解放してくれる。

 

ドンドン話して、身軽になって、

そして、明るく楽しく毎日を送れたら、それがいちばんいいことだと思う。

 

、、、ってかくいう私もはなすのわりと苦手なんだけど

ここ数年で、明らかに、周りに対して自分を開示することができるようになった。

それは、

心強い人が周りにいてくれるからでもある。

 

あれ?何が書きたかったんだろう?笑

 

そういうわけで、

着々とインド行きの支度が整ってきている。

 

そういえば、22歳のときに1年間の放浪生活を終えてから

こんなに長く自分の家を離れることなかったな。

 

旅は大好きだ。

予想外のことが起きる環境に身を置くと、たぶん、細胞が危機感を覚えて

活性化するんじゃないのかな。

それで、

命が強くなるんだと思うんだ。

断食作用に似てる。

 

普段の自分の環境から外に出ることは

自分の環境をかえりみさせてくれる。

これは、放浪してた時に、ほんとに感じたことだ。

 

いまの日本は、現実がいくつものベールにかけられていて

操作されて

たくさんのことを意図的に隠ぺいされているような

そういう虚構になっているんだと思う。

SNS上の、キラキラハッピーな日常をみてると反吐が出る。

 

と同時に

自分だって自分にわからないように巧妙に嘘をつくんだから

観察するべきことはたくさんあって、

とにかく

観察しなさい、というのはそういうことなんだ。

 

 

あるとき、和平先生が

「自分、こんなちっちゃいんだ!」みたいなことも受け入れないと

そういうのを見ないふりしていたら

とにかく先に進めないと(もっと巧い言い方ですが)いうのは

ほんとにその通りだと思って

わたしも、赤面するくらいちっちゃい自分を切り捨てるのは

あるときからやめにした。

そうこうしていううちに、自分に対する嫌悪感はだいぶなくなった。

 

いい感じだ。

 

とはいえ、

世界にはこんなひともいるんだな、と思う、

我らがマハリシ大先生の本を読んでいる今日のごろです。

 

 

 

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ラマナはほんとうに、

サット・チット・アーナンダ。

 

まってろよ、アルナーチャラ!