日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

破壊序章

ラメッシ・バルセカールのご本をお借りして読んだ

から、なのか……?

 

「私」が音を立てて揺れている。

 

そっかあ…

 

私は私に起こっていることをただただ起こっているママに

知ることが出来るって…

そっかぁ…

 

私も起こっているんだ…

たとえ、超絶悶絶級の惨事であっても

それはただただ、起こっているんだ…

そうみる事さえできれば。

 

でもって、今までアタシがしてきたことなんて

やっぱり、ただの1つもなかったようであるらしいことよ。

 

3年前、ギーターを読んだときは、

それがただ、踊りのなかのこととしてとらえられた。

でもいまそれは、人生全部についてそうなんだと思われる。 

 

 

10年弱程、かなりの時間を共に過ごし

かなりの密度で

かなりの影響を受けていた

師匠の元を離れた。

 

いやー無理でしょう、やめられないでしょう。

勿体ないよ。

等々たくさんのお声をいただいておりました。

 

でも、それはそうなった。

 

とりあえず1週間目は、

執着や未練や悔恨の糸がたぐられたりたぐったりで非常にグッタリしていた。

2週間目はそれを観察し始め、人に話すことで整理し始めた。

3週間目は、いい意味での諦めと同時に、

ある部分、天井が抜けたような感じが起こりつつある。

 

そうこうしている今現在。

 

未だかつてない、身体の脱力感と共に、

身体の中心にある軸がはっきりと感じ取れる。

身体が、ものすごい、楽なのだ。

あんなに一生懸命、身体を動かす中で知ろうとしてたのに。

 

身体の力を抜くのに10年かかった、ような気がする。

 

軸は、作るものではなく、もともと在るものだった。

産まれてからこれまで付着していたものさえ取れれば

自然に顕れはじめるんだ…

 

人生はアウトオブコントロールである。 

 

 

そしてものすごい平安につつまれて思った。

 

手に入れたものはいずれ、失う。

 

だけど、産まれてからこれまで、ずっと、それはある。

 

失われることなく、それはただ気づくだけである。

 

誰の上にも等しく空気のようにある。

 

今この小さなマンションの一室の明りの下にあるんだ。

 

誰かがいつかいってたそれは、ほんとうだ。

 

すごいなぁ…

f:id:akikologue:20180717174500j:plain

 

出来心で高尾にいったら、天皇のお墓にいきついてしまった。

閉門時間をすぎていたので、また、いこうと思います。

めっちゃ気が良かったです。

 

そこでうたたねをしたときに、見上げた木。