日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

変容と受容

7月7日を境に、何かがガラっと変わってしまった。

 

拠って立つものがなにもないことの覚束なさと

なんだって出来るんだという解放と

まだまだ自分の中で統合しきれてないたくさんの感情と

それでも神様に向かおうと思うと光に似たものと

そういうのがぐちゃーっと一緒にあってカオスなんだけど

 

そっか。

真実はカオス!

ってW先生言ってたじゃん、と思い出したわけです。

 

それに加えて

ちゃんと私の中に暗黒があって、光もあるんだ。

両方があってなんかほっとした。

そういう気持ちに不思議に落ち着きました。

 

振り回されることが少ない分、起きる出来事のひとつひとつに対する

自分の反応を観察することが出来ていて

そこでは、吐きそうなくらいのエゴとか、間違っちゃった反応とか、

いろんなことがあるわけだけど、

闇があれば光もあるのだから、大丈夫。

絶対大丈夫、よくやってるよ。

そんなふうにしながら自分をぎゅーっとハグしてあげることに最近はしている。

 

こないだのルン・ルで出てきた感情の発端は、

自分にありがとうって言った時にでてきたから、

自分の中には「ありがとう」って言ってあげられなかったことで

かなしくなっちゃった子たちがたくさん居るんだろうな、って思う。

だから、ありがとうはいっぱいいうのだ。

 

昨日のヨガで、先生にいわれたことは、、、

先「ホラ、お釈迦様も言ってたでしょう?」

あ「犀の角のようにただひとり歩け」

先「じゃなくて、全てのものは変化する、変化しないことだけがある、って。

壊さないと創造はできないでしょう。守破離、っていうでしょう」

あ「(/-\)(最近は涙腺の結界が崩壊しているため抗えない)」

 

変化しないことだけがあるって、、、すごいですよね。

ほんとに一瞬一瞬変わりゆくことだけが真実。

そのことに一瞬くらぁっときました。

 

現実生活で何かが大きく変わるとき、

それと同じく自分の中でも何かが大きく変わっていることを

踊りはいやというほど見せてくれた。

それでも、日常に慣れ始めるとそれらはさっと消えていく。

だから、慣れてはいけないんだと思った。

一瞬一瞬変わりゆくことを感じる場所に

自分をいやでもおいておかないと、

人は劣化する。

そう思う。

 

慣れたら終わる

安定が続くと思ったら終わる

永遠は無い

 

なんて無常なんだ!

と思うと同時に、神の采配の凄さを思い知る。

 

いやしかし

弱い!

あたしはー弱い!

ほんとに弱っちいと思うのだけど、

ここまでこれで生きてきてしまったので、

今までやってきたことをぜんぶを力にして、

弱いながらやっていくんだ。

 

吐く息と一緒に余分な力は解き放って。

神様に意識を向けて。

意識を向けるところさえ間違わなければ、

きっと、導いてくれるものが在ることがだけが

今わかっていることです。

 

ここを見てくれている奇特な貴方。。。

どうぞこれからも、よろしくお願いします。