日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

悲しみの爆弾は吐く息と一緒に

悲しみの波みたいなのが、どこに仕舞われていたのか、

自分の中からどばっと出てきている。

 

理解されたい、愛されたい、認められたい……のような気持が

まだまだ自分の中にたくさんあるんだなぁみたいな発見をしている。

そして、そういう波がきたときは

それがどういうことを自分に教えてくれているのかを、

神様が、いろんなところで教えてくれるのだ。

 

今日は、そんな気持ちを抱えたまま、間に合わないかなと思っていた

ルン・ルに遅刻したけど行ってきた…。

わたしは整体にここ半年くらい行っていないのだけど、

それはルン・ルがその代りになっているからだ。

 

すでに始まっている会場は

空気が停止したみたいに凪いでいた。

私の身体はすぐに反応して、床に寝るとどんどんどんどん、

意識が無くならないけれど遠くになっていき、体が床にめり込んでいく。

体が今回は微動だにしなくてただ、ただ、深く深く深く沈んでいく。

意識はかろうじてあって、呼吸はとても小さく少なくなる。

 

今日は神様には、どこにいったら会えるんだろう!みたいな気持ちが

焦りのような思いと共に登って来たり

どうして、光がくっきりみえないんだろう?

とか思っている自分がいたり、

愛するってどういうこと?

みたいな気持ちが

「私」が遠のいて身体は沈んでいく途中に

持ち上がって来たりした。

 

終わった後、質疑応答みたいな時間があるのだけど

「わたしはもう全て今ので出し尽くしましたので、みなさんから何か

出して頂く時間です」

と、先生は言う。

 

今日は、たぶん、はじめてきた若い女の子が、気持ちをはきだしてた。

途中でトイレに吐きにいったとも言ってた。

「わたしは人が言っていることに、どうしても否定的な気持ちを持ってしまう。人を受けれることなんてできない。ずっと学問をやってきて、医師として働き始めても、ひとの言っていることにどうしても納得できなくて、それを院長とか、上司に言ったら辞めさせられるし…とにかく、今のお話も、否定的な気持ちをもってしまって、どうしていいかわからない」

 

なんか…わかるなぁ、ほんとにわたしも10年前くらい、この子とおんなじようにとにかく教条的なことをいわれたらすべてに反発してた。

そして、その反発が活動の原動力であったし、

自分が生きている証みたいなものだった。

懐かしいと同時に、わすれちゃったらだめな気持ちだ!

とも思ったのです。

 

それに対して先生はこういった。

「人がどう、自分がどう、っていうのも、全部余分な力です。お釈迦様の説いたことは「八正道」、右でもなく、左でもなく、その真ん中で、自由です。固まらない。

だから、やることはほんとうにたった一つです。

吐く息と一緒に、余分な力を解き放つ。それで、十分です。

あなたは、最先端です。これからは、人に認められるようなことやってちゃ、だめなんだ。」

そういって、「水の飲み方」を教えてくれた。

自分を知るための方法として。

 

もしわたしがこの子だったら、

この一人のおじいさんの今日の言葉にどれだけ励まされただろうと思う。

 

先生の言葉には、言葉の後ろ側に、自分で考える余地が必ず残されていて、

それを見つけに行く喜びも残されていて、絶対に安易に「正解」を渡さない。

 

わたしはそれを聞き感動しながら、あぁ、…と思った。

これは、わたしにとってのメッセージでもある、と。

 

わたしは悲しみを手放したくなかったんだ、と。

悲しみを手放してしまったら

今まで固めていた自分を壊す必要がある。

それよりも「悲しみを手放さないでいる事」で

安心できる場所があって、だから、いつまでもこの

悲しみという「余分な力」を手放さないんだ。

 

そうおもった。

と同時に

やってみよう、と思った。

 

悲しみを吐く息と一緒に解き放ち

しがみついてた過去を吐く息と一緒に解き放ち

見通せない未来への不安を吐く息と一緒に解き放ち

愛に飢えてる自分を吐く息と一緒に解き放つ

ことを、ほんとにもう一回、自分の身体とともに、やろう、

今、それをやるときなんだ、と思ったのです。

 

 

余分な力ばかりの自分ではもうこの先にはいけないです。 

どうか神様、アンマ、わたしがほんの少しでも

あなた方の近くにいけますように。