日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

アンマのダルシャンその④

何か…アクセス数が未だかつてないほどのもんのすごい数になっていて

これはアンマの効果としか考えられないのですが・・・

そんなにすぐ単語でヒットするもんなんでしょうか。仰け反りました、、、、(^^;

 

さて「アンマ」のダルシャンについて その③ です!

インドという国は本当に不思議なところで、有り得ないことがふつうに起こってしまう場所だと(体験を通して)思っています。


アンマのダルシャン会場は、インドのアシュラムに居るような気持を覚えます。たくさんのディボーティ(信者)の方々がボランティアとして献身的に働き、全国各地からたくさんの物が集まり、場はバラとインド特有のインセンスの香りで満たされています。

今年は、私は、人の勧めもあって3日間、朝から晩までダルシャンで使うバラの花びらをより分けるセーヴァ(sevaservice)などしながら会場にいました。(3日間もムチャな!と思っていましたが無理くり時間を作ることができてほんとにラッキーでした。)

 

1日目のダルシャンで緊張しながら手紙を(貰われなかったらショックだな)などと思いながらと差し出すと、アンマは目を細めて笑ってそれに口づけをしてくださいました。最大級の祝福だ!と思い、目的を果たした気がして、その晩遅く家に着くと、疲れでバタっと布団に倒れ込んで寝入ってしまいました。

突然真夜中にハッと電気が走ったように目をさましました。普段、そんな風に起きることはまずもってないのですが、その時に、笑ったアンマの顔と、手紙への返答としか思えない言葉が私の中にバッと流れ込んできました。それは「アンマからだ」という確信めいた気持ちとともに、私に残っています。アンマの抱擁は単なるポーズではなく、全身全霊での応対だと、私にはそのように感じられました。

 

2日目は、アンマご自身のバジャン(ヒンドゥー教の神々への讃美歌)がありました。雨の影響などもあってか、1、3日目に比べて来場者は少なかったのですが、夜の講話とバジャンは3時間に及び、時折空を仰ぎ、恍惚状態で神様の名前を呼ぶアンマの様子は、神々しくて、時折ダンスを見ているような感覚になりました。バジャンをすると、自分自身にもエネルギーがより周るので、ほとんど「酔っ払い」状態の私…

 

3日目は最終日で、この日は祭典が執り行われ、「聖水」が配られます。この日だけは祭典が終わると、アンマは白のサリーから「デーヴィ」(女神)の衣装を纏いダルシャンが行われます。
以前、最終日に来た時は来場時にすでにカップに入った聖水が配られていた状態でしたが、今回は式典の流れの中でアンマがまずご自分でプージャー(火の儀式)をし、その後3つの大きな水差しを抱え、その場でその水に神聖なエネルギーを降ろし、満たしていく様子を間近で見る幸運に恵まれました。目を閉じてじっと祈りを捧げているアンマは、「通路」になっておられることがはっきりとわかった。それはそれは、吉祥な時間だったと思います。
エドガー・ケイシー
は「祝福の水路になりなさい」と言われましたが、それが何を意味するのかが、アンマと時と場を同じくすることで、わかってくるように思われました。

 

アンマが人々に与えるマントラは「ビージャ・マントラ」で、ビージャは種を意味します。アンマが耳元でささやきエネルギーを吹き込むことによって、その人の中に種が胚胎する。その種がどのように育つのかはその人次第なのだと思います。ふわふわした善意や都合の良いスピリチュアルとは一線を画す、アンマの身を削るような「献身」に応えるにはおそろしく時間がかかることだと思うけれど、その「種」がどんな植物になりどんな実をつけるかは日々の行為と選択の先にあります。
最後の日の抱擁が終わったのは午前3:30。朝日を見て岐路に着きました。

 

諸々のことを一先ず脇においてこの場に3日間居いられたことと、アンマを教えてくれ居合わせることを強く薦してくださった方々に、この場を創り、陰で支えつくしてくれたスタッフの方々と、日本に来てくださったアンマに、深く、感謝申し上げます。

以上!

 

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