日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

私は何を信じるのか、問題。

今日はへとへとになるまで歩き回って書店での本のアピールをしてきた。

最近の書店は結構すごいことになってる。

カオスだ。

大型書店は担当者も大変だ・・・・そりゃ機械的な対応にもなるだろう。

結構凹む。

しかし、私は同時に思った。

 

本当に本当に本当に好きで何とかしたいものでなければ

もう動きたくない。

というか、動かなくていいと感じた。

 

 嘘をつくのは嫌だ。

自分に嘘をつくのはもっと嫌だ。

 

 

f:id:akikologue:20180520183213j:plain

毎日よじ登っております(屋上)!

 

アンマの来日を前にしているからか、

自分の中の信心が問われているように思えてならず

それは、他人との比較ではなくて、

まして人から強要されるようなものでは全くなくて

自分から湧き出てくる何か。

それを、ノートに書きなぐっている。

 

 

それにしても5月はひどいくらい私を翻弄している。

 

GWは日本の神様に会い、

ほどなく皇居に入り、締めくくりは麻賀多神社

その後、未確認飛行物体を語る人の席に巻き込まれ(展開が謎)

ヨガファミリーとあったり、ルン・ルに行ったり、

舞踏を観に行ったりしているうちに、

今度はアンマが来日する。

 まるでくらくらするような非日常が続いている。

 

 数日間の公演に入るときも、

2週間前くらいからこういうゾーンに突入するのだけれど

今回のは初めてのケースだ。

(よくこんな中で仕事を継続していられるな…と思う・・・・)

 

そんな日々にあってすら、

また私の中の「思考」がうずく。

私達の脳はほんとうに「分け」て「整理」して「納得」したがる。

解り易くしたくなる。

 

ほんとうは、

善も悪もない、良いも悪いもない、解り易さのかけらもない

カオスが世界の実態で、

もし神様がこのリーラの中で

思い付きでろうそくの火をフッと消したら

今の地球はジ・エンド、なんていうところに居るのかもしれない。

 

そしてはっとする。

 

私達はそんな神様の他愛もない物語の中で

吹けば飛ぶような笑える存在であるかもしれない。

巨大な舞台の上の、観客から見たら超笑える設定の枠組みの中で

右往左往しているだけの登場人物であって

だからこそ。

だからこそ!!

だからこそ、今ここにあることを否定している暇なんてないんだ。

 

 

いつか岩城先生が言っていた。

 

今生きていることの徹底的な肯定がなければ御心は解らない、と。

この世界を徹底的に肯定しつくすのが「母」であると。

そして私達はとりもなおさず、この世界に‛めいっぱい’存在しているんだと。

 

 

私が何を信じるかなんて、ほんとはどーでもいい。

何だっていいんだから。

どーだっていいんだから。

信じなくても生きてはいられる。

 

でも、今ここにあることを徹底的に肯定しつくすために

何をしたらいいのかなーと

思うと、

それはやっぱり、信じること祈ることに行きつく。

それがなければ、今・今・今をどう超えていったらいいのか、

わからなくなる、という問題。

 

今までそうは、思いもしなかったのだけど、

そんなふうに思います。

 

だから、すぐにはできなくても、今・今・今をめいっぱいの

祈りでもって超えて行きたいです。

そして祈りの方法は、ひとそれぞれ、多種多様、だと思うのです。

 

f:id:akikologue:20180521175127j:plain

天国みたいだった井之頭公園