日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

皇居と聖母とヘヴィなご神事。

現在の仕事は失職するかもしれず、

先行きが全くもって見えない中なのに、妙に元気なワタクシ。

エネルギーに満ちております。最後までやってやる感に満ちみちております。

 

先日、会社に行ったら、シャッターが下りていた。

慌てて電話すると「追い出された」とのこと。

いわゆる、家賃滞納 というやつで・・・・

 

今まで、まるでそんなこと起きているなんて何も知らせられず

こんなこと本当に起きるんだ・・・・

と、怒りも湧いてこず、あっけにとられて立ち尽くす私。

これはいつかあっけらかーんと「つぶれた」と言えるレベルだ。 

 

彼女は「私リストラなんです~」って帰り道でこそっと教えてくれた。

うーん・・・・どうしたらいいんだろう。

 

それにしても社長氏の「覚悟を持って」とか「死と再生」とか

言葉がとにかく上っ面に空虚に響いて仕方ない今日この頃の私です。

 

そんなこんなな今日ですが、

心はいたって平穏で心地よく、気力に満ちています。

 皇居の勤労奉仕によってもたらされたパワーはスゴかったです。

 

ですが、4日+2日を完了する間に、実にいろんなことが巻き起こりました。

 

ご存知、集団行動が苦手なワタクシ。

といいますか、ケンカが起きると走って逃げた幼稚園時代から

集団行動に端を発する人間関係の齟齬に耐えられない部分があり、

今回も、どうしたものか・・・と思ってました。


また、マリア様の名のもとの集まりという、

ある種の「潔白さ」に(勝手に)気後れしたワタクシ。

安請け合いでOKした自分を呪いつつ途中で、辞退しようとしました。

 

が、主催のKさんから

「ただそこに居ればいいですから。絶対、大丈夫だから。それに

akikoさんが抜けると人数が足りません!」

 

と力説され、参加したのです。

 

が、当日まで、「私、大丈夫かな・・・・(-_-;)」と困惑していました。

 

当日も、なんとか朝5時に起きれたものの

激しい頭痛と肩の痛みに、最悪の状態でのスタートになりました。

 

 

そうです。

 

この頭痛は3月末~4月くらいから定期的にやってきていて、

何かの呪いなんじゃないかと思うくらい、私を苦しめていました。

(何かの呪いだったかもしれません

 

どうしようどうしようどうしよう・・・・

地下鉄東西線の中で、文字通り「頭を抱える」ワタシ。

 


が。

 

が!!

 


なんと、大手町のD2出口を出、皇居へ向かう道すがら

すーっと消失していったのです。

 

バガラムキー女神のマントラを唱えたときとは

また違う過程を通った感じでより、迅速に消えていきました。

そして、皇居へ一歩入ったら、晴れて、体調万全。

 

ほんとうに、ここは、場がいいんだ、、、、と確信したのです。

 


この勤労奉仕、怒涛の4日間+2日(計6日間)だったわけですが、、、

 特筆すべきはマリア様の名のもとで参加をしているものの

教会に属している人は一人もいないということ。

 

1日目に、現天皇皇后両陛下からご会釈を賜った。

こんな間近で見られるなんて、思いもよらない事でした。


しかも、天皇は、行事の合間で、モーニング姿。

そのわきに、ぴったりと寄り添う皇后陛下

2人の隙間のまったくない姿は、2人で1人で「完璧」でした。

 

 

場に入ってこられた瞬間に空気がさっと変化し、

時間の流れ方が変わり、

静謐で、高貴な存在のもつすごさに圧倒されました。

 

 

主催のKさんが、天皇皇后両陛下に

「教会には属さず、それぞれが、マリア様と繋がっている人たちで集まりました」

と紹介すると

「どんなことをしているのですか?」等々少しやりとりがあった後、

天皇陛下が、こういわれました。

 

「祈りは、静けさですね」

 

Kさん「まさにその通りです、、、」

 

皇后陛下は「どんなお祈りをされているのですか」など、

食い入るようにKさんを見つめながら質問なさる。

 

そして、マリア様のことを

「静かに、全てを受け入れた方ですね」

とおっしゃった。


団員のみなさんの中には、泣いておられる方もいました。

 

わたしは、とにかく、全部を見届けようとおもって

いちばん後ろにいたので、ずっとつま先立ちで、

目をさらのようにして、耳をダンボにして

とにかくすべてをこのみ一身に受けて覚えていようとおもったのです。


終わった後、Kさんに声をかけようとおもったけれど、

ものすごく感情が動いているのがわかって、声をかけることができませんでした。

Kさんのあんな表情は、みたことがありませんでした。

 

翌日は皇太子殿下のご会釈。

これは割愛いたしますが^^;

わたしは最前列にいたので、目をあわせることができました。

 

皇太子殿下少年のような目をしておられました。

 

 

それにしても、わたしは「なんで私がマリア様に・・・・」と、

実はずっと思っていたわけですが、

どうにもこうにも、自分の意志とかを超えて「やらされている」感があり、

抜け出そうとすると、引き戻される。

 

 

それをKさんは

「akikoさんは、こんな恩寵を頂いているのに、もっと自信を持ってください」

とおっしゃる。

 

 

わたしはいろいろな関係の中で

「引いてしまう」

くせがあって、

なかなかいろんなことに「コミット」したくない癖がある。

 

というのは、コミットしたら、最後までやり遂げないといけないし、

関係を持ったらそこに責任が生まれるし、

それをたくさんの人と出来る気がしない。

それに一人の時間が無くなったら、自分は生きていけない。

 

それからわたしが目立つことで、目立たない人ができることもいやだし、

目立てば目立っただけいろいろ言われるし、

そういうのは非常にどうでもいいことなので、出来るだけ避けたい。

 

 

集団でいると、そういういろんな気持ちが自分の中に渦巻く。

突き詰めて考えれば、責任を引き受けたくないの気持ちが大きいのかもしれない。

どんな関係でも、いいところどりはできないのだから、

深く関わろうとすれば、それに見合うだけの責任を引き受けないとなりませんからね。

 

でも、今回の奉仕中に「どうしてもこれだけは回避させなくては」

と直感の下で強く感じたことがあって、それは急を要したので

心を決めて表現をしたことで、流れが変わった。

 必要性にかられて「引かない」でいることと

「我を通す」ことは別種の事だとわかった。

 

コミットすることは、自分の輪郭をはっきりさせることだとわかった。

 そして、自分の感じたことを認めて、口にし、行動することで

人と場との流れががらっと変わり、

運命が変わっていくことがあるのだと確信できた。

 

抽象的な表現になってしまったけれど、

そういう、ものすごいヘヴィな、でも受け取ったものの大きい

6日間の「ご神事」だったのだと思います。

 

マリア様、Kさん、ほんとに、ありがとうございました。 

…って、見てないのですけどね。