日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

舞台と「眼差し」雑感

今日は、わたしの唯一の姉弟子の、新人公演の裏方ということで

朝から晩まで、小屋(=劇場)に詰めていました。

 

前半部分に上半身ヌードという、わりと衝撃的なシーンがあるわけですが、

ヌードも慣れると衝撃ではなくなります。

なので、何でも慣れるのは良くないな…と思う次第です。

とはいえ、女性の裸っていうのは、すごい迫りくるものですね。。。

 

 

舞台というのは、一回きりの幻みたいなもの。

それに向けて何か月も用意して、

何度も何度も練習して、

小屋入りしたら時間とのせめぎあいの中で

照明を吊るし、音響をチェックし、照明の当たりを決め、場当たりをし、

何人もの大の大人を総出で何日も拘束し、客入れをし、

本番、一回勝負。

時間は元にはもどらない。

でもその時間が当人にとっては

永遠の時間となったりするもの。

 

わたしは、今日は、スタッフという事で、

気楽かなーと思いきや、

舞台監督的な立ち位置になって、

楽屋とスタッフの間を走り回ったり、アナウンスしたり

結構大変でした・・・・

踊ると昇華される疲労もスタッフだと重くのしかかったりして・・・・

 

が、本日も「人のまなざし」というすさまじいエネルギーを感じました。

 

「視線」というのは正直で、見る人のエネルギーがそのまま乗るので

「包む」こともできれば「応援」することも、

また、「犯す」こともできる。

どんな人が見に来ているか、舞台に立つとすっごいよくわかります。

 

実はわたくし、昔、身体を見世物にするための反発力と体力をつけるべく

アルバイトの美術モデルをしていたことがあるのです。

が。

はじめてやったときは、1時間半終わった後

ぐったりして、動けなくなって、頭がガンガンして

ベンチで吐いた。

 

・・・まあ、それは、とある「絵画教室」で、

定年を過ぎたおっさんたちの「趣味」のお教室で、

そのどろんとした視線の「犯し」に、

何にも知らない猫みたいな感じで行ってまんまとからめとられたわけで^^;

その後、美術系学生の学校では、そんなことにはならなかったのですが……

何にしても、いかなる場所でもからめとられない強さと反発力って

必要だなーと切実に感じました。

 

なので、人から「見られる」っていうことは

良くも悪くも、ものすんごいエネルギーの放射を浴びているのだなーと

思います。

 

ですから100回の練習より1回の本番というのは、ほんとうだと思います。

終わった後は、浄化法をものすごいやりまくったあとくらいの

身体の爽快さと元気が湧きおこることだってあるのです。

 

今日はどうだったのだろう?

わたくし途中で、批評家の90を過ぎたおじいさんが

トイレから出てこなくなって、それを外側でおろおろ待ってたりして

ゆっくり見られなかったですが、、、

 

そのあと、若い批評家の方と偶然話す機会を得て

「すっごく上手いんだけど

全部がファンタジーの中で終わってしまってた気がする。

もっと「硬質」なものが必要なんじゃないかな、

たとえば、すごく好きな人と話すときに身体が硬直しちゃうことあるでしょう?

手足が身体と分離しちゃうみたいな。

そういうリアルな硬さが必要だと思った。」

と教えていただき、

あたしゃ、感嘆した!

 

同時にいつも思うけど

はあー・・・良くも悪くも人間丸ごとでちゃうんだよね、、、 

隠せません。

と、自分の事のように思います。

 

と共に!

すごいなー、そういうふうに観ている「眼差し」もあったんだ…!

そういう風に、きちんと観て取って言ってくれる人っていうのは

ものすごく、ものすごく、有難い!

って思いました。

 

そういう目をもったひとに観に来てもらえたこともふくめて

姉弟子にとってはきっとすごい体験だったと思います。

また、わたしも、得難い体験をした一日でした。

 

で。いっつも写真とりわすれるのですよ^^;