日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

この電車はシヴァ行きです

「まもなく、2番線に電車が参ります。

この電車は、シヴァ 行きです」

 

というアナウンスが聞こえてきて一瞬耳を疑った。

 

 

えーと・・・・


 

 

うーんと・・・・


 


 

千葉行きだった(^▽^)

 

 

 

わたくしはこう見えて義理堅いため

クリシュナに悪いと思いシヴァ神マントラはこれまで唱えてこなかった。

(ムリティユンジャヤとかは別だけど)

 

なのだけれど、前回のヨガの時に

オームナマシヴァヤを詠唱する機会を得てから

なんとなく口ずさむようになり

 

そのすごさが最近身に染みる・・・・・

 

クリシュナはもうだいぶ唱えているのに、

一切そういう感じないんだけどシヴァはすごい。

どうすごいか口ではなかなか説明できないんだけど

唱えたあとの気持ちのあり方が唱える前と全然変わる。

 

確か、以前スワミ・カレスワールがどこかで講話した記録に

‛クリシュナに〇年唱えるより、シヴァに〇か月(だか〇年だか)だ’

のようなことがどこかに書かれてあり

そのときは「フーン・・・・(なんか納得いかない)」

と思っていたのだけれど、実際、そうなのかもしれない。

 

すんごい唱えやすいし。

 

神様の名前を唱える、というのは、すごいことだなー・・・・と

あらためて思う。

(そしてクリシュナはつれないよな・・・・とも思う)

 

「意味づける」ことがあふれている世界で

意味づけることなく、くりかえすことはほんと大事だと思う。

 

         ☆☆☆

 

 

昨日友達と話をしているとき、

話の流れで彼女が出したひとつの分析が

「青森に居る自分と東京にいる自分がうまくつながらない。

東京に来て、身体性みたいなものが失われて

それが自分の所在なさに繋がっている気がする。」

 

というもので、わたしは、ああーそういう側面はほんとにあるよね!

と思った。

ただでさえ、東京に居たら、自分の所在が薄くなっていく感じがある。

 

すべて均一的で、はみ出すことなく、整然と分けられ、

わかりやすく、清潔で、効率的で、能率的であれと。

 

それは、そうあるほうが統治しやすいから以外の何物でもないと思う。

策略以外の何物でもないと、思う。

 

だから、そこから意識的に抜け出すために

あらがってぶち壊す勇気と

やさしさでもってちょっとやそっとの破たんをカバーし合える人とのつながりと

愛するっていうことをもう一度自分の中で

つくりあげていかないといけないと

思うのだ。

 

そしてそれはたぶん、もともともっていたものをもう一回

取り戻す作業でもあるのだと思う。

 

ううむ。

なんか、うまくいえないが、なんかそんな感じを想う

今日この頃です。

 

ぜんぜん関係ないですけど。

好きなんだよねーこの気の強さと美しさ♡→ Miss Dior


(我々) I love you ! 愛してる!


(クリシュナ) Prove it ! 証明したまえ!


みたいな。