日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

わたしはどこへ行くのだろうその②。

(つづき)

でもそのどれもが一時しのぎで

その後の気分がどうにもよくないわけです。

 

神依存っていうのもある気がするのですが。

「vrindavanにいくロシア人の友達は

非常にaddictiveになっていくと思うんだけどなー」とは

自分を差し置いたメープ氏によるコメントですが、

あれはあれで本人がものすごく幸せでありかつ

自我も我欲もなくなり大いなるものと一緒になってる状態なら

世界中に戦争が絶えなくても、なにかに貢献している訳で

それはそれでいいのでしょうか。

 

 

うーむ・・・・。

その辺が何とも腑に落ちないんですよね、、、

 

何かに依存していない人を私はあんまり知らないのですが、、、

 

わりと男性の多くが支配したがるのはいったいなぜだろう?

表面的にすっごい自由主義的な感じであっても

いったん自分の思うとおりいかなそうになると

支配に転じる人がすんごく多い気がするのですが、、、

(もちろんみんなじゃないけど)

依存と支配ってすっごく近い気がするので

依存の気配があるところに支配があるんでしょうね。

 

支配も依存も、何かを「奪う」ってことが共通してる気がするので、

奪い始めたら終わりの合図だなと思う。

 

自分の事だけ考えてるとここから永遠に

抜け出せないよな・・・・とおもう。

 

最近、どういう状態で死にたいかなー

ということをよく考えます。

 

いい感じに「暗い明子さん」になっておりますが

この状態が一番まともに考えられる気がいたします。

 

ううむ。

なんとも言えない記事が続くな。