日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌 ーakiko

聞こえちゃったのよ

今夜は。

怪しい話とまじめな話を書きたいとおもいます。

 

いい?

長いよ?

  

わたしは今だいたい家を朝7:20くらいに出るのですが。

今日は寝坊致しまして…

 

すっごいバタバタしながら

「ゴメン!今日は朝の挨拶はお釈迦様だけなのほんとゴメン!」

と言いながら般若心経だけを唱えて着替えて

出かけようとしていたところ・・・・

 

声が聞こえた。

 

 

マリア像の前でだけ「声が聞こえる(気がする以上の何かがする気がする)」

体験が起こっていたので、一瞬なんのことかよく分らなかったんだけど…

 

 

声が聞こえた。

 

 

しかも、その声

なんて言ったと思いますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟りたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬はたと立ち止まって

あたりを見回す私。

 

おかしいな・・・・

 

誰もいないよな・・・・・

 

 

悟りたい。

 

悟りたいって誰かこっそり言ったいま?

 

誰が言った?

 

え?

 

 

う~ん・・・

 

わたし?

 

 

 

 

いやいやいやいやいやいやいや、、、、(^^;

 

 

わたし人生で一度も

「悟りたい」

って言ったことないですよ。

思ったこともないですよ。

 

 

でも、たしかに小さい声で聞こえたんです。

 

 

・・・・でもなんでこのタイミング・・・・

なんか変なテンションになってしまい、

遅刻までしてしまった

わたくしです。

 

 

そういえばこないだ、来訪していた魂の伴侶、

メープ大先生の瞑想30分クラス

っていうのに出てきたときに

イメージで、なぜか大先生の背後に大仏が出てきた。

 

 

この声、わたしのじゃなかったら、わたしの祖先の誰かでしょうか。

それとも、もしかして心の奥底でわたしは

悟りたい、なんて思ってるんでしょうか。

 

 

ちょっとわからないです。

わからないけど、今日はそんなこんなんで

「悟りたい。」

を抱えたまま電車で各種人間に押しつぶされそうに

パックされてでかけるワタクシ。

 

 

 

・・・・・悟りとは、何ぞや。

 

 

 

そういえば、藤山家に新年のご馳走にあずかりに行った際、

りょーいちさんの一瞥体験のお話を一生懸命に聞きながら、

「ない」がなければ「ある」も存在しないのだから

「ない」は「ある」んだ・・・

という驚愕の事実を知らされてから

 

わたしの頭は「有」と「無」でしめられている。

 

 

知りたい、有と無の秘密。

 

 

・・・と思いながらその日は家にたどり着いて、

バックパックをあけると

その日に地湧社の増田さんに頂いた本が出てきた。

タイトルは

『祈りの姿に無の風が吹く』(絶版だそうです!)

 

むー!むーー!

 

むーーーーー!

 

著者は押田成人さんという、神父であり、禅堂を構え、八ヶ岳で修道生活を営む、なんともすごい人だった(存じませんでした!)

下記のように紹介されてました。

 

押田成人神父(1922〜2003)は、  信州八ヶ岳山麓に創られた高森草庵で、東洋の大地に根ざした祈りと農耕生活に生きた「無行の行者」。アメリカや日本の滅びを遠くに見据えるそのまなざしは、今を貫いて人類の将来に届いています。それは祈りの世界で見せられるながめであり、博識ではあっても、意識の底が抜けたような人ですから、人間の知的な洞察力に関わる形容はあまり馴染みません。地下水の深みにある霊性と実践において、宗教や宗派を超えて日本よりもむしろ海外の宗教指導者に知られています。最晩年の川端康成が押田神父の著書を読んでいたようです。

 

本には、こんなことがかかれてあります。

 

「この世」的なうそに気がついて、なんとかしなきゃならないと世の中もがいているときには、無を生きている人との間に対話が出てきて、そこに歴史の新しい知恵が出てくるのです。

 

う~ん。

 

すごいな・・・・・

 

 

あなたとわたしの秘密を感じるようになってから

わたしの生活は変わった。

 

人にどう思われるかがやっぱり心配だったり、

よく思われたい気持ちが

もちろん私にもあるのだけれど、

でも、あなたがみている私はあなただ。

 

ということがわかってから、無駄に落ち込まなくなった。

 

 

そして、なんかよくわからないけど

 

大いなるものと、なにかこう、ダイナミックなつながりが

生まれたように思う。

 

勝手に思ってるだけかもしれないけど。

 

そうして、わたしは

についてとっても知りたい。

概念じゃなくて、体験として。

無を、体験したい。

 

5分先か、1年先か、10年先か、一生無理かわからないけど

「無」を

体験したい。

 

 

そして、考えてみれば

みんな人間ひとりひとり

悟れる可能性を秘めているわけで

悟りがどんなにすごいのかよくわからないけど、

そのことって、すごいことだよな、って思う。

そんだけの可能性を秘めたわたしたちで

あることなんだよ!

 

書きたいことの10分の1しか書けなかったけど

早寝早起き推進派委員長(寝坊だが)としてはこの辺で。

 

おやすみなさい。

 

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