日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

終わらない2017年そのⅠ

2017年はまだまだ!ここから…!と12月の半ばくらいに

なんとなく思っていたのだけれど、それは正しかった。

 

今年一番のびっくりしたのはブダガヤ事件なのだけれど

…今日二番ビックリ事件が発生。

 

今月26日の魂の伴侶メープ来日に際して、

凪の気配になんとなくほっとしていたのだけれど・・・

昨日、友人が我が家に遊びに来た。

その、彼女が、メープ氏にぜひとも会いたいという。

 

魂の伴侶の方は既婚者だから、

第三者が居た方がいいだろうという気づかいと、

彼女自身が会ってみたかったのと、

両方あるのだと思うのだけれど

その後怒涛の流れで三者面談が決定された。

 

決定されたはいいものの、

わたしはその面会の約束時間、今年最後で、かつ、

木村先生の引退日である今日

最後のむつう整体の予約を入れていたのを・・・

忘れていたのです(/ω\)

あちゃー・・・

 

・・・ということで、

友人とメープの二者面談が先に行われる運びとなったのでした!!

おもしろい!!!

 

「ずーっとしゃべってた(この人が)」

と友人曰く、ずーっとしゃべってたらしい。

 

その後、整体でダラッダラにゆるみ重くなった私が合流して、

さらなるおしゃべりタイムに突入したのですが、

そのおしゃべりのなかで、いくつかの疑問の氷解がおきた。

 

ブダガヤでは、わたしは計らずも俗路線まっしぐらであったメープ氏を

神様方向に引っ張り戻すという(比喩ですが)役割をになったわけですが、

トーキョーでは、メープ氏より、私の神様方向の示唆および

日々暮らしのなかで俗っぽくなりかけていた生活の

注意及びアドバイスを受ける運びと相成ったのであります。

 

最近、わたしは魚が食べられなくなりつつある。

甲殻類及び貝類はまだ大丈夫なのだけど・・・

魚がね、、、どうしてか、、、

しかし、それによりたんぱく源がとれない焦りと、

肉を食べた方がいいという勧めと、

「自分の身体納得する食べ方が一番」というもっともな指摘と相まって、

鶏肉をここ2年くらいではじめて自分でスーパーで購入し

味噌汁とスープとサラダに入れて食べたりしていた昨今。

 

そして昨日、トゥラシーマーラの数珠のひとつが割れたいた。

107個のマーラーになってしまったわけです。

 

「ジャパする人はヴェジじゃないと、いろんなことが起こったりするよ、

知ったらそこから変えればいい。知っててやらないとマズイ。

頭使って生きないと」

と、自分の頭を指さして(偉そうじゃないか!)話すメープ。

・・とはいえ、そういうメープは

肉も魚もアルコールもなんなら煙草もやるわけなんですけどねえ・・・

ジャパやならないからいいってか?

ていうか、ヨガ教えたり、スートラの講釈するのに

いいってか?え?

と憤慨しつつ、

数珠が一つ割れたから、すこし神妙になってた私の耳は素直です。

ショックはショックですからね。

まあ、木が乾燥してしまってたのはありますが・・・

悩む。

 

それから、わたしと神様の関係について、

友人の前で一家言あった。

 

「akikoさんに初めて会った時は、なんか影みたいのがいっぱいいた。

心が開いてるだから、いろんな神様が入って来れるから

もういろんな神がそれぞれ彼女を弟子にしたかったり

教えを与えたかったりしてた。

それで、その神様同士でちょっとした争いというか意地悪的も起こったりするわけ。

だから、どの神様にするか、自分で決めたほうがいい。

そうしたら、その神様の恩寵が全部あなたに流れる。

そうじゃないと、いろいろ大変。

そうでしょう?クリシュナだっていろいろイタズラするじゃん」

 

思い当たる節がありすぎる。

ついに、マリア様まで出現してきていたもの。

 

でも、これについては最近になって自分なりにだいぶすっきりし始めた。

私が一番惹かれるのは、粟沢さんのことばを借りるけど

<マザー>なんだろうな・・・・

マリア様も、そのひとつの現れとしてとらえられる。

マザー=ラーダー(エネルギーに人格を与えたもの)

すべての地母神は、それこそ「母」だからマザーのエネルギーに内包される。

っていうふうにとらえてる。

根源の根源に向かっていきたい。

というのが、わたしの今のところの方向。

 

とすると、今まで通り個別の神様に祈りながらでももちろん良くて、

根源に意識を向けていく、っていうことでいいのかな…。

メープ氏は「イーシュワラ」だよ、という。

根源の根源の神様

名づけ得ないぜったいてきなもの。

 

そして、たぶん踊りはそこに向かっていくものなんだ。

だから師匠が

「1が出来る人は全部できる。でも、1が出来ないとなにやってもだめよ」

の1、はたぶんそのあたりにあるんだろうなぁ、って思う。

 

だいぶすごい方向に話が行きましたが、、、、

終わらない2017年の一日のおはなしつづきます。