日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

so beautiful

今日はたくさん書くことがある。

独り言のようなことだけれど、健忘禄だ!

 

というのも、久々に友人たちに会ってたくさんの話をしたから。

彼らは、わかいアーティストというか表現者の卵で、

師匠を介して出逢ったわけだけれど

同じ年だ、ということで非常に仲良くなった人たちで

そのうちの一人は、よく私のブログに登場するK君。

インドと整体のおはなしその① - 日月日誌 hitsuki nisshi

 

EVER MOMENT WITH SCENES っていう本を

出してくれたK君(てみたらばれちゃうね~)。

 

このK君は、わたしにとっては、

危機的に進路を左右するときに現れる

妖精のような存在で

かつ、言葉に対する感度が半端ではないので(たぶん、同世代で日本一!)

その言葉のひとつひとつに、わたしはハッとして、グッときて、悶絶して

わが身を振り返りつつ、癒されているのですが。

、、、なんか、なんでかなと思うと、やっぱり

心の底から、優しいんですよね。

計らいのない優しさ。

計らいがほとんどの世の中、

これがないことがどれだけの癒しかということを想う。

 

その①.

なんと、彼が結婚すると!!!(あ、言っちゃった!)

長いこと付き合ってた彼女とやっと結婚すると!!!

このクリスマスのよき日に、その報告が、なんだか心底嬉しくて私は

はぁ・・・・うれしいねえ・・・・と思いながらはっとした。

あれ、この清々しさはなんぞ?と。

この一点の曇りもない晴れやかさ、、、、に一瞬戸惑いながら

いいねえ…私、と思った。

この晴れやかさを自分が持っていたことがすごい嬉しい。

 

その②.

先月お会いしたとある男性に実家の山々の写真を見せた際。

「そうかー・・・売れないの?リニアとか通るといいのにね」

と言われ、絶句した私。

以来、山々の写真を見せたときに人々がどのような反応をするのかなーというのが

気になり始めて、よく写真を見せているのだけど。

みんなすごい喜んだ。

そして、K君はこう言った。

「akikoさん、ぜったいそこ、手放しちゃだめだよ」

 

その③.

インドでとんでもない経験をしてしまった私。

あんまりブログには書けないのだけど、

その話をすると、K君はこういった。

「あのさ、だからさ、そうなんだよ。

いつもさ、akikoさんはちょっと不安そうじゃない?

でもさ、安心していいんだよ。

安心して生きていいってことなんだよ。

だって、それ、すごいわかりやすいサインでしょう?

弱さがあってピュアな人にはちゃんと神様はわかりやすくサインをくれるもんなんだよ」

 

その④.

さらにK君の彼女(未来の奥さん)が別れ際にこう言った。

「わたしさ、実は、観音様と会話したことがあって。上野で。」

(ほほー、もちろん信じるよ)

「それでさ、その会話って別に言葉じゃなかったの。」

(うんうん)

なんか、エネルギーの渦みたいなのがウワって伝わってきたの。」

(なるほどね)

「それでね、akikoさんの見たのもね、

’何か’を’して’いたんじゃないんだと思うの。

もしかすると、それって、

身体の中から出てるエネルギーのうねりみたいなものを

みたんじゃないかな」

 

と言われた瞬間、

「形にとらわれていたのはわたしだったー!」

と思わず叫んでしまって、さらに

目からじわじわじわじわと涙がでてきてしまった。

 

「こ、これは正解だ・・・・

正解なんてない、というレベルではなく、真ん中ド正解だ」

とその場に崩れ落ちそうになった。

自分で思い当たるには10年かかったかもしれない。

 

たぶん、わたしが、今回のインドで

ドゥルガー女神から受け取ったのは

形のないものだったのだ。

 

それは、要するに、エネルギーそのもの、=愛、だったんだ。

 

こんなところで腑に落ちるなんて・・・と思って

「こ・・・こんな采配って、、、(絶句)」と半泣きで言った瞬間

みんなは「采配だってー!」と大爆笑していた。

そうだよ、采配だ…

 

なんてことだろう。

自分を表現することに含まれること は膨大だ。

アーティスト素敵―とか、表現したい!とか

なんかそういうの絶句してしまうようななにかで

「自分を低くしていくことだよ」と誰かが言っていたけど

とことん自分を型に嵌めること、

そしてその型すら忘れること

そして新しく

自分の型を作り出すこと。

その過程は、

ヨガの修行とか、お寺の出家者とか、そういうのとおんなじ感じで

社会的に構築されるなにかではなくて、

ぜんぶ手放していくこと、素にもどること、

そして信仰が必要で、、、

近道は、無い。

そう思った。

気づけばいいんだよ、とか、

簡単に言う人がいるけどわたしは凡人だしそうは思わない。

気づくことそれ自体がたぶん段階的だし、

その近道の無い道がまた、たぶん、

とっても、いいんじゃないでしょうか?

近道したらもったいないレベル、

ていうか、きっと、そうだよ。

 

 

一緒にメキシコに行ったY君は

「俗とのバランスがすごくむずかしい。

俗世間で生きているから仕方ないけど

そこにはまってしまったらもう、表現できなくなる。

自分をすれすれに持って行かないと、なんかだめ」

と言っていて、そのいわんとしていることは、すごくよくわかる。

表現は、自分に向かうことだから

同時に、神様に向かうこと、なんだ。

 

 山の頂上にむかうには、いろんな登り方があるのだと

再度思ったクリスマスの夜。 

 

そして、「結婚する」っていったときの

彼女のほんとにうれしそうな顔がすばらしく尊くてすばらしくうつくしくてねー・・・

こころから、

おめでとうございます。

 

こんなところに書いてるなんて100%しらないだろうけどね。

 

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3月9・10日(金・土)19:30~ 試演会@四谷三丁目

各日出演者が変わります。わたしは10日出演予定。

 

1・2・3月 第2日曜日(1/14、2/11・3/11)

18:00~19:30  からだとの対話の会@高円寺(もしくは阿佐ヶ谷)

身体の深部までゆるめ癒すための動きの誘導します。

 

いずれも、詳細これから。お問い合わせ歓迎。

http://bit.ly/2r9wjBY