日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

メキシコに住みたい夢想

大きな土鍋を割ってしまったショックで

失くしてから早3年…

最近…鍋をやりたくて仕方ないデス、、、

こたつに土鍋が落ち着くおとしごろです。

 

今日は師匠の家に呼び出されて,

はるばる西武新宿線の遠くまで行ってきました。

昭和の家で、シャーマンみたいな人と一緒にいるといやに落ち着く自分がいる。

そしてたぶん師匠私のこと好きなんだろうな、と思った。

(老人には昔からモテる私。)

 

「え?あんた来年何歳?は?まっだ若いじゃない~。あたしなんて75歳よ!

もう朝起きると、灰色の嫌~な気持ちが襲ってくるわけよ、これは怖いわよー。

はじめての体験でね、たぶん踊れなくなったらもうあたしはやばいわね。

でも、同時に今から「書く」ことを少しずつ、やっていかないと…と思ってるのよ。

 

私はね、もうぜんぶやめにしよう!と思って踊った38歳の作品で

がらっと人生かわっちゃったからね。

人生何が起きるかホントわからないのよ

あんたももっとね、大きく長く考えなさい。

人生の最後にきてね、ほんとに苦しかったときにがんばったことは

ぜったいに大事に思い出すから。

っていうかね、そういうときのことしか思い出さないから。

何の大過なく過ごしても何のための人生なんだろう、って

みんな最後に立ち止まるよ。

だからわき見をしないで、つっこんでごらんなさい」

とおっしゃったので、いっしょに笑ってしまった。

たぶん、あと1年くらいで踊れなくなる師匠は

今、側近を手放すとたちゆかないし、打算ももちろんあるのだろうけど

それでも、「ホントに何が起きるかわからない人生」を生き切った人の

目の輝きは、大学の先生の何兆倍も説得力があるわけであって。

 

わたしは、一年くらいメキシコにでも行きたいわとか、

ここのところ夢想していることなどを

揚げ足を取られないレベルまで暴露して、つまみにしてみると

「いいじゃない!誰それと、誰それをいつでも紹介するわよ、でも

1年ふんばってからにしなさい」

そうくるよね、やっぱ。

 

最近、同世代の男性や女性とはなしをすると

みんな、底知れない不安とか、抑圧とかで苦しんでいる。

いついつまでに何をしなきゃとか、働かなくちゃとか、結婚しなくちゃとか

お金貯めなくちゃとか、そういう話をたくさん聞くし

わたしだって、そういうことを想わなくはないし苦しいときもたくさんだけど

踊っていると忘れるし、祈っているときもちいいし、

人と話して楽しいとうれしいし、

メキシコ行きたいとか、インド行きたいとか

だれそれに会いたいとか、

あんな保存食つくってみたいとか

あぁいう工作してみたいとか

あんなハーブのにおいがかぎたいとか

そっちのほうを考えると、恢復してくる。

 

今できるのは、小さくまとまらないで元気で過ごすことだし

怖いことをぜひともやってみることだし

自分も人も大事にすること、かな。

 

…なかなか、がんばってるよね、

あなたも私も。

 

明日は、この神様の掌の「人生劇場」に

だれがでてきて、どんなダンスをするのかな。