日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

縁あってのひとびと

なんだか、最近は周りにいる人たちがなんかすごい。

 

これはちょっとした、自慢(?)だ。

 


今日お会いした人は、こんなことを某所に書いていた。

 

>ああ、ここにやっぱり戻ってきた
 
>そう思った

>いつだって、私はこの力を感じていたかった
>祈りの場にいたかった

 

そうなのだ…。

 

お祈りすること、なのだよな。

 

さらにある方からお手紙が来た。

 

お手紙を貰うのは、ほんとうにいつになってもうれしい。

手紙の嬉しさを忘れていたけれど、手紙は、ほんとうに嬉しい。

 

お手紙の主は、敬愛してやまない藤山家のゆっきぃさんからであった。

 更に…ゆっきぃさんは、ブログにも書いて下さった。

 

 

お手紙とこのブログを読んで、

 

私は、、、、

 

 

悶えた。

  

 

 

実に私は。

 

純粋だねーとかピュアだねーとか素朴だねー

とか言われることが多く。

それは裏を返せば

「何にも知らないお嬢ちゃんですね」

という大人のある意味嘲笑的なそれだと思っており、

 そういわれるたびに、心の底の方ではため息と悪態をついておりました。

 

そして

「もっともっと、「泥臭く」清も濁もあわせのんで生きる女になるんだ!

足りない足りない!」

みたいなね。

 

もうそれも

ずいぶんな傲慢だなと。 

思われました。

 

世辞抜きに

ゆっきぃさんの施術は、すばらしく素敵です。

何が素敵かって、その「リーディング力」です。

読み取る力。

 で。

ゆっきぃさんのリーディング整体を受けると

とにかく「打ち明けたくなる」。

 

それは、リーディングの「凄み」と

ゆっきぃさんの過ごしてきた人生の「泥臭さ」から醸し出されるものとを

無意識レベルでみんな察知して、安心して委ねたくなるからだと思う。

 

わたしも、心底、生涯だれにも言わないだろうな…ということを

この人には言ってしまった。

 

そういう方です。

 

さらに、自分の枠を壊しまくっての今で

これからきっとすごいことになるだろうな、と思う。

 

昨日は、縁あってありえない生い立ちの人から

ありえないくらい面白い対話をさせてもらったうえにご馳走までしただき

今日もまた、最初にかいた直感レベルのすごい人のお陰ですばらしい経験ができて

さらにチャイまでご馳走になって

それらことはまた書きたいと思うけれども、

なんだかほんとうに、たとえ自分が悶えていても

周りの人が運んできてくれる縁の力がすごくて、浮上させてくれる。

こういう感謝をいいままでしたことがなかったけれど

(どんだけ傲慢なんだ…(^^;)

ありがたいことだなと思うし

それをまた、返していけるようになりたいとほんと思います。

 

神様を信じていなかったんだ…

と気づいてから、神様を信じようとすることに向き合えるようになりました。

 今日は、ここ半年くらいの間のうちで、いちばん

踊れた日。

神様を信じようとすることに向き合うのは、

自分を信じようとすることに向き合うことなのかなとおもいました。

 

はー

シンプルイズ、ワンダフル。

 

単純はすばらしい。