日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

ジャパニーズ・グチ

あぁ、わたしはやっぱりコミュニケーション下手なんだなあぁーーーー

と思う会に参加して帰って来た。

多くの人と泊まったりおしゃべりしたりするのがなかなか苦手だ。

わたしにとっては苦行レベル…

更に

言葉の裏側に含まれる針とか戒めとか嘲笑とかいうのが

逐一わかるがゆえに

それをどー処理するかとか考えてしまう癖がわたしの行動と会話を鈍くする。

ほうっておければいいのにね。

 

わたしよりも

わりとかなり上のおばさまがたの井戸端会議的な場所の中で、

その場所のなかではみ出さないようにふるまいながら

ある程度の自由度をもって発言しつつ

可愛がられる器が私には無い…というか、

そんなんするくらいなら後ろ指上等!一人で居よう!

と思うのですが…

それでも何とかかんとか、会社で9年弱やってたんだよな…わたし。

 

器のある女の子はまわりに結構いるので

わたしにそういう才覚はないんだな・・・・と思いました。

 

おしゅうとめさん持つと

毎日こんな感じなんだろうか(私無理だな多分…)

とも思いました。

 

が、同時にわたしはまじめなので

なぜこういうのがダメなんだろう…

とか、

この居心地悪さをじっとみつめよう、呼吸しよう!

とか殊勝なことを思ったのだけど…

居心地悪すぎて。笑

中座し早々に立ち去り、夕日の中を歩いたら、

ものの数分で劇的に元気になった

まあ…本質が「少年」ですからね(^^;

 

 

そんななかでも仲良くなれた女性や

出向いた先の非常に優しい方に励ましをいただいたり

突如楽しみなお誘いがあったり

など、拾う神にも出会った。

 

わたしは今までもこの先も、

孤独だからこその人生…(それでいいはずだ)

と思う派なんだけれども、

それでも、拾う神にであってほっとする

そんな今日この頃でした。

 

孤独ってすごい貴重な感覚だと思うから

わたしは失いたくないです。

むしろそれを意識していたいのです。

神の手の中の人生劇場で、

どんな別の孤独な人と出会って

どんなふうに共鳴していけるのかなというのが(大げさだけど)

素晴らしく楽しみなわけです。

だからそれは孤独であって、孤独ではないんだろうと、感じます。

うまくいえないんだけど。

 

明日から通常営業です。