日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

日本の女。 I am just a Japanese woman.

「ブログよむと元気になるので楽しみにしています」
なんてある方から言っていただき、恐縮しつつ、こちらが元気になってきました。
単純仕様でございます。


いやしかし、インドに行ったことで何かが吹出してしまっており、
太白胡麻油を温めて身体に塗って温め、
サマハンを飲み、漢方を飲み、スピルリナを飲んでいるのだけど…
あとちょっと…。
首のあたりに何かが溜まっている感じなのですね。
そして時折猛烈な眠気が襲ってくるの。
ほぼ山場は抜けた気がしていますが、
あとちょっと…です。

 

さて。

先日は、魂の父・魂の兄・魂の叔父との
会食でした(魂の=過去生の、ということになっていたりする)。
(私の話を聞いて下さるためにわざわざ集まってくれたのです・感謝)

西川口のカレー屋さんで、美味しいカレーを食べながら
インドの旅の話を聞いてもらっていると、
なかなか不思議な感覚になるのだった。
ふつうに話してたら一笑に付されるレベルの話が出来るというのは
ほんとうに貴重でありがたいことだと、ひしひしと思う。


思えば、ヒンドゥーの神様のことを身近に感じるようになっていたのは
魂のオトーサン(ヨーガ行者で占星術師です)が非常に詳しく、
ご自身が、日本にあっては稀なる
インド土着の神々を中心とする生活をおくられており、
最初は戸惑ったそのような環境に次第に親しむにつれ、
マントラも神像もプージャもさまざまな神格にも
なんとなく、
門前の小僧的に、
馴染んでいたという経緯があった。


この旅では、まるでダーク・ホースの女神様にも出会うのだけれど
その出会いを用意してくれたのは、
魂のオトーサンにすすめられてヤントラを礼拝していた

サラスヴァティ神だった。
(それにしても、ヒンドゥーの神様のヴァラエティには脱帽…)

 

ヨガに触れたのは19歳くらいのときで
ヒッピーから戻った22歳のときから習い始め
その後、先生についたりつかなかったり
全然やらなかったり、かと思えば一生懸命通いつめたりしながら
細々とやってきたわけだけれども。
ふつうのヨガ教室にいたときには
そこまでヒンドゥーの神様を身近に感じはしなかったし、
若干ここ1年位の出来事なのです。

 

魂レベルの邂逅が、あちらこちらで
はじまっているのかもしれません。

なんだかそんな風に感じられるのです。

 

            * * * 

 

そんな私は、重い身体をひきずりながら、昨日、
志村ふくみ(染色家で人間国宝!)さんの織物の展示会に

the 成城学園に行ってまいりました。

小学生のころから恋い焦がれ

その2.全身で真っ赤になる桜の木のこと - 日月日誌 hitsuki nisshi

前職のときには、はじめて自分で貰った原稿がふくみさんのもので、それはそれは感動したのだったけれど、原稿を貰いに行ったとき、図らずも悩みを打ち明けることになり

「何かに、心を入れて、やることですね」

とおっしゃってくれて、それはずっと心の中にあるしわたしが一番好きな文筆家です。

 

今を生きるもっとも偉大な日本の女性といえば、

石牟礼道子さんと、ふくみさんのふたりだと思っています。

そして、しばらくインドづいていた私にとって日本を振り返るのは

ちょっとした痛みとともに、はっとする瞬間です。

 

我が国も、すごい、と。


その企画のタイトルは


「「妣の國」(ははのくに)」

 

そうか、ラーダ―・ラーニの恩寵か…

と思ってしまう私でありますが…

その企画に際して、こんな文章が沿えてありました。

 

生きとし生けるものすべての命の源のことを「妣の國」(ははのくに)と呼びたいと思います。
自然を見れば光や色、空気や水、そして大地。
そこに生命は宿っていますが、ここで言う「妣の國」はその命の源のことです。
日に日に加速される科学技術のスピードは、
命の営みとは乖離して取り返しのつかないところまで来ているように思えます。
今日ほど、母なる命の源に思いを馳せることが、重要な時はないと思えて参りました。
織り手の私たちは、植物の命を染め、それを織ることで少しずつ、
母なる命とは何か、に手ごたえを感じるようになって参りました。

 

 

 

 

自然を見れば光や色、空気や水、そして大地。
そこに生命は宿っていますが、「妣の國」はその命の源のことです。

 

妣=亡き母。そして、妣の尊称が妃(神として祭られた女性)

 

展示会場には

さまざまな色の織り糸が展示されてありました。

すべて自然色とは思われないほど発光していました。

桜、福木、玉葱…

そして、その糸で織った着物には

すばらしいタイトルがつけられていた。

 

世界中でこんなに繊細な文化を持った国は他にないだろうと思う。

色ひとつにとっても、たくさんの言葉をもって

四季折々の植物とともに生きてきた何千年の女性の営みの中で培われた

わたしはその言葉と感覚の、何千分の一しか

感受できていないような気がする。

 

ごめんなさい。

 

そんな気持ちになる。

とともに、もう少しでも、感覚を共有したいと思う。

 

石牟礼さんと、ふくみさんが共著を出された。

タイトルは

『遺言』

 

―未曽有の大災害と原発事故の後、言葉を交わしあうことを強く望んだ染織家と作家。長年の友人である二人が、「一日一日が最後のような日々」の中で、切望し実現した対談と往復書簡

 

魂は色々なところを通過してきているけれど

私は、今生は、日本の女だ、と思う。

 

そんな日本の女の

インド魂の旅はまだつづきます。