日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

踊ること、やってみること、現実的で決意的なおはなし。

昨日、ひさびさにソロで踊ってみて、

以前はまるでできなかった複合系が簡単に出来るようになっていることに驚いた。

 

舞踏は、あらゆる感覚を使って踊っていいというのが特徴で

嗅覚も、聴覚も、身体の内部の感覚も、皮膚感覚も、言語感覚も、イメージも

そのすべてを総動員して、踊っていく。

 

でも、以前は、そのどれかひとつを使うのに精一杯で、

「一つしかできないのは子供の証拠。

人間は複雑なんだから、複合してできないと大人とはいえない」

とさんざん、言われておりました。

そして、わたしは、そのとおりだなと思ってたわけです。

踊りについて言われることに関しては、ほんとに「その通り」と思います。

が。「わかっちゃいるけど……出来ない」。

 

でも、昨日は違った。

「同時にたくさん使う」ことの自由度の高さを知った。

そして踊る前にとっさにマリア様に祈ったら、

大きなエネルギーが、やってきた…すごかった(^^;

 

たぶん、わたしは踊りを大事にしないといけないんだと思った。

どうしたらいいのか、ほんとうに分からなかったのだけど、

好きか嫌いか、できるかできないか、食えるか食えないか

そんなこともとっても大事だけど

今のところ、踊りは自分の中で自分を「測れる」

たったひとつのものさしであることはたしかです。

そして、多分、これはわたしの「特徴」でもあるんだろうな…と。

社会との接点を作るにしても、ここを失くすとだめかもしれない。

 

・・・・・・・・

 

実は、この半年くらいずっとあたためていたことがあります。

それは、

「障害のあるひととともに踊る」という試みを、

自分でもやる

ということでした。

踊りを始めてからずっと関わってるから、もう9年位になりますが

奥が深いな…とか、

私まだまだ<すべては一つ>的に物事みれてないわ…とか

思い知らされることも多い仕事です。

 

そんなことを思っていたら、師匠も

「わたしのやってきた仕事を引き継いでほしい」とか

「どこかにつくれば?」

と言ってくれるようになった。

 

さらに、具体的にどうしたらいいか、

現実的なアドバイスをくれる人にめぐまれた。

 

それでも腰の重い私ですので

決心するまで半年間位右往左往していたんですが、

一昨日ようやく決意して、ひとつ自分でクラスをつくってみることにしました。

やるからには、いろんな人に会いたいし、自分の糧にしたいと思ってます。

 

で。

 

文京区の施設を借りようとしているのですが、

文京区の方が5名いらっしゃると、施設がかりやすくなります。

 

協力してくれる方がなんだかもう何人か声をかけてくださり、

あと2人位で申請ができるようになりそうです。

もし、文京区に通勤、在住している方がいらっしゃって、

協力してくださる方がいたら、

わたしまでご連絡いただけたら、とても幸いです。

 

でも、まあ、気軽に気楽にやっていきたいと思ってます。

それから興味のある方は声をかけてください。

 

今日は、新月です。

はじめてこのブログでまじめなこと(?)を

書いたようなきがしてます…

 

おやすみなさい。