日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

天赦日。メキシコ最終章

なんだか昨日のブログの閲覧数が半端なくなっていて

Coccoのライブレポートを書いたときをはるかに凌ぐ

すごいことになっていたのですが、

18日は天赦日というとても吉兆な日だったということ。

Wikipediaによれば

この日は、百神が天に昇り、天が万物の罪を赦(ゆる)す日とされ、

最上の大吉日である。

そのため、天赦日にのみ「万(よろづ)よし」とも注記される

 

そんな日に書いたなにかが、どこかの誰かの何らかの興味にヒットしたのでしょうか。

わたしはMさんと一緒に、「聖母マリアの秘密」を語る会にいってきました。

しかも、わたしの地元に来てくださるという…(偶然ですが(^^; ありがとうございました)

 

 

Kさんのお話を伺っていると、

もう…仏教もキリスト教神道もとにかく、神事なんでもカモン!

宇宙ネットワークはみなつながっている!という感じで、

古今東西八百万の神様ともうめっぽう

果てしないわけですが(もちろん中心はマリア様ですが)

インド系なのにマリア様とかってどうなの……

浮気性なんじゃないの……

なんて悩んでる自分は相当かわいいもんだよな!(ちっぽけなもんだな!)

と思うに至りました。(詳しくは昨日の記事をご覧ください)

 

108人くらいの心から愛する神様がいても、

何ら問題ないのかもしれません。

(とてもそんなに愛する体力はありませんが)

 

ところで、昨日もある人と会ったときもそう思ったのだけれど、

一緒に時を過ごしているとだんだんと空気がきれいになっていく人がいる。

場がパキっとしていてとっても清浄になって、

その場合視力がすごく上がった感覚でわかります。

今日も、そんな感じがしました。

 

映像で「マリア様ご出現」の様子を見せていただいたのですが、

ご出現されたときの幻視者の表情が、

一瞬でものすごく美しいものに変化するので見入ってしまいました。

ほんとうに一瞬にして頬がばら色になって目に光が宿るのです。

さらに、マリア様が消えていくときの一瞬の表情の変化と動作などが、

ものすごくて「うおおお~!」と思いました。

 

いまでもメジュゴリエで続くマリア様の幻視者のメッセージがあり、

直近のメッセージは、8月25日。

「祈りが神様と出会うための秘密の鍵であることを覚えていてください」

とある、ここははじめてお伝えされたことなんです、

祈りが、鍵なんです、とKさんはおっしゃっていた。

 

マリア様の祈りを教えていただいたので、

これで我が家のマリア様にもちゃんと祈ることが出来るので、嬉しくなった。

壁に貼って覚えよう・・・( *´艸`)

 

終わりのときに、マリア様にまつわる聖水をかけていただき

サンダルウッドを練ったものを額に付けていただいた。

額を指で触れたときにKさんが

「ん?第三の目が開いているか、開きかけてるかですね…。」と仰った。

 

・・・触っただけで、よく分りますよね、、、、ほんとすごいですね…。

。。。そうなんですよね……何をかくそう、、、、

ここ1か月くらいですごくここの部分の感覚がうずくときがあるんです。

 

自分では何となくそう思ってただけで、言語化したことなかったので、

なんか今日は「ガツーン」ときました。

(第三の目がついてないことで、踊りで何度怒鳴られたか分からないので

それがちょっとでも踊りの際に効いてくれるならもうそれだけでいい)

 

サンダルウッドの香りは、バラみたいで、ちょっと美しすぎる香りでした。

 

瞑想の後、ものすごく澄んだ水晶を打つ音で感覚を戻してきたのですが、

会が終わった後、台風一過も手伝って、ものすごく澄んだ街路を

Mさんと一緒にしばらく散歩しながら、

ものすごいクリアになった自分の気持ちも手伝って、

気持ちがいいねーと言いあいながら歩いた。

神様は、ほんとにすぐ近くにいるように思われた。

 

ふと、わたしは「グアダルーペのマリア様」に親近感を覚えたのであって、

たぶん、それ以外のマリア様だったら、そうは思われなかっただろうなとおもった。

ヨーロッパのマリア様は、わたしには、少し、まぶしすぎる。

褐色の肌をされておられて、ちょっとものうげで、色づかいも決して透明彩色でない、

そういうマリア様だったから、わたしでも

近寄らせてもらうことが出来たんだな、と思った。

メキシコで出逢うことができたのは、

ほんとうにちゃんと計らいのあった恩寵だったのだと、今日、感じました。

 

今日の会を教えてくれたMさん、ほんとに

ありがとございました。

 

テペヤックの丘から、ふもとの教会を望む。

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