日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

onchoの鐘は鳴る。メキシコその1

みなさまこんにちは。

お元気でいらっしゃるでしょうか。

 

旅の間、トゥラシーちゃんを預けていましたら

5割増しくらいの背丈と元気とあたらしく大きい鉢でもって

わたしのもとに返されました。

……大きくなったね、、、!とため息が出た。

嬉しい…

おんちょうの鐘が、鳴っております。

 

いや~すごいね、なんていっても

預かってもらっていた友人のお父さんは

仕事として紫蘇(ハーブ)を栽培されていた専門家だったので

トゥラシー(ハーブ)をお預けするにはこれ以上ない!

っていうほどの専門家、だったわけですね。

職人はすごいよ。

 

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なんか…チビトゥラシーちゃんたちは、

まだ「安定しないから」という理由で

もう少し預かってくださるらしいのですが。

「まだ安定しない」・・・なるほど。

 

もうここまま育ててもらったほうが幸せなのかもしれないですが…

もしくは、トゥラシー・ティーの栽培及び出荷販売をするといいのかもしれないです。

というのは、これから薬草としてのトゥラシーが来る気がする。

なんてったって、カミメボウキという和名なのですね。

神の目のホウキでしょう?好きな人は好きですよ。

そして、日本人に合うように、ヨモギとクマザサをブレンドして。

男性向けには、ノコギリヤシ

わたしは採集及び営業及びブランディングを頑張ります。

これ、なんかすばらしいな…

だれか一緒にやらないかな。

 

妄想が始まりました。

わたしは妄想人ですからね、ほんとにやろうかな。笑

でもこういうのってほんと大事だとおもうんですよね。

 

 

 

9月は以前の会社を辞めて一年がたちます。

自分の中でもうけた期限が近づいてきている。

 

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メキシコで、「ラ・セイヴァ・グラフィカ」

という場所に連れて行ってもらいました。

 

メキシコで取れるマーブルを使い、そこで考案された転写機を使って

そこで取れるパピルスのような木の繊維からできた紙に

に写し取っていく。それは、すべて手作業。

 

そこでは、アーティストの取り分半分、セイヴァの取り分を半分として

アーティストレジデンスも可能になる仕組みで

とにかく、「デジタル要素」のない、完全な印刷アートのルネサンスを志向してて、

自分たちの国で作れるものを工夫して使って、価値をつうろうとしていた。

人と自然が共存共栄していこうとする

各国からアーティストの集まる場所だった。

その象徴は、この木。

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わたしたちは、師匠の知り合いと言う館長さんにそこの館の説明をしてもらい

案内してもらったわけだが、館長さんはものすごい頭の切れる方で

そしてこう繰り返した。

We should not be just consumers but creators, making use of things around.

For that, we shold ask in our heart what we  really want to do first.

「消費者になるのはたやすい、でも、つくることをしていかなきゃ。

ただの消費者になっちゃいけない。身近なものでも工夫次第でいろんなことができる。

ただしその前にね、なにがほんとうにやりたいのかなーということを

自分の胸に手をあてて聞くことです」

 

つくる

ということをむずかしく考えてはいけないんだと思う。

何かを活かす

という風に考えたり

何かをひとのためにしてあげる。

ということだったり

自分の特技だったり、好きな事だったり、好きな人にしてあげたい事だったり

そういうちょっとしたことから積み重ねていくことでまずはいいのだと思う。

一番大事なのは、ただの消費者に成り下がらないっていうところで、

というのは「消費すること」ばかりしていると、奴隷になってしまうからだと思う。

早いところ、「だまされる」。

 

ほんとに自分が何を感じているのか

とか

ほんとうは何が欲しいのか

とか

ほんとは何が心地いのか

とか

そういうことすら「こうあるのが心地いいんじゃない?」

というありきたりな形を与えて

「だって、みんなそう言ってるよ」

「だって、みんなそうしてるよ」

という言い方で安堵を与えるマスコミの裏工作とが

もうほんとうにひどいことになってると思うからだ。

 

みんなって、誰だよ。

 

とはいえ、なんにも「つくれて」いない自分が

歯がゆかったりする。

んーーー!人間はむずかしいねえ!

 

もうすぐ一年。

早く、早く、なんとかしないと…

という思うはもちろんあるのだけど

いかんせん、わたしの身体の力はほんとに抜けているから、

呼吸は深い。

安心して進みたい、大丈夫だと思う。

 

ラ・セイヴァのつづりはCeibaなのだけど

図らずもSevaと同じ「音」であることに親しみを覚えた。

これって、偶然じゃないと思う。

CeibaはSevaをしているんだと思った。

 

神様につかえることをすることが「つくる」ことでもあるのだと思う。 

 

なんていうことを思っていたらまた、いろいろと起こり始めた。

 

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それにしても、長いな。

 

つづく~!