日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

恐怖はどこからくるのかな?そしてひとりのなんでもないただの女、という恩寵

ここ数日間、わたくしは

落ちに、落ちて。

マリアナ海溝付近を浮遊しておりました。

一晩を境にこんなに落ちることがあるのだろうか。

という……

毎日ブログを書いたのに、ひとつも上げられる文章が書けなかった

という…

 

どうしても身体に力が入らないので、

ちゃんと起き上がることが出来ないAM6:00

こんなときこそ、こんにゃく湿布から力を!!と

グツグツのお湯で煮たコンニャクを腎臓に当てていたら

安堵がやってきて、再度すこし眠りへと落ちた。

 

こんにゃく湿布はいいね。

こんにゃく湿布とびわの葉温灸はきっと日本の宝だね。

 

しかし、こんにゃく湿布をもってしても、真言をもってしても

この海峡では呼吸が浅くなっていく。

理由は何となくわかっているのですが。

 

それはずばり

恐怖

 

なのかな、と。

 

そうです。

ある日、朝、目を覚ましたら、いきなり鎮座ましまておられました。

 

このままでは・・・(生々しすぎるため想像におまかせします)!!!

 

というものでありました。

 

しかしね。

 

恐怖にかられて手に取った本を開くとその先に

「その恐怖を見よ」

と書かれてあるのです。

 

偶然手にしたほぼすべての本に

「その恐怖を見尽くせ」

と書かれてあるわけです。

 

手にした本はさまざまなジャンルでしたがそのどれにも意訳すれば

「恐怖万歳!」

と書かれてあるわけです。

 

そして、極めつけは、何気なく見たさかつめさんのブログに

現状を打破する道はただひとつ、自分が恐れていることをやることだ。 - いばや通信

というお話があった。

タイトルを見て、もんどりうちました・・・

 

普通に家があった当時は、どれだけお金を稼いでいたとしても「何かしらの事情で仕事がなくなったら、お金がなくなったら、自分は路頭に迷う羽目になってしまうかもしれない」という恐怖と不安が、常に頭の片隅にあった。しかし、実際にホームをレスするという体験を通じて「恐怖が現実になってしまった」私は、その体験を通じて「意外とどうにかなる」のだということを肌で覚えた。

 

わたしは「やってしまう」型の人間なので

心に響いた。

 

案ずるより産むが易し!!

 

しかし。

体験する前にこれはひとつ、

「恐怖」は、一体、どこから来るのかな~♪?

っていうことに一度、しっかり向き合わなければならない

とおもいました。

そうしなければ、このさき、どこかでまたいらっしゃると思うわけです。

 

このタイミングでこうなったのにもたぶん訳があって。

それは、ここ数週間くらい、踊りをあいまいな形で

つづけていたことに起因するような気がしています。

それでも週に2、3日は触れていたわけですが、

なんとなく、気持ちがそわそわして仕方がないわけです。 

 

実は、公演をおえて少ししてから

わたしは踊りたいのか?

という根本的な問いを日々、自分に問うていました。

今まで出してきた答えは

「踊り以外にやりたいことがまるでない」

というもので

しかし、これは、

「踊りたい」というもっともピュアな動機とは

微妙に異なるのではないか、と感じた私は戸惑いました。

 

そしてこの度晴れて認識した自分の状態としては。

わたしは今、がんばれません。

わたしは今、身体に力がはいりません。

わたしは今、やらねばらなぬことができません。

 

というものでした。 

 

所属するということは、

維持するためにたくさんの「やらねばならぬこと」が生じ

「声高にいわれる」ことと「言外に強要される」ことと

競争原理からのさまざまなよしなしごとがあって

さらに私が自分自身に課してしまうさまざまな呪縛ももろにあって。

 

会社はやめたが、まだ、

わたしはただのひとりの女になりきれていないんぢゃないか?

という不完全燃焼感がとてもありました。

せっかくこんな恩寵のような

「だれでもない」

時間を堪能できる環境を過ごしているのに。

小銭を稼いでいる場合か!とすらおもいました。(小銭は大事ですが。)

 

そんなこんなで、この半月ほど、どうやらあまり意識していなかったけれど

心と体がさまざまな紆余曲折を経験しておったようです。

身体の方が頭より賢いです。

でもほんとうは、わたしたちはいつ何時も誰であっても

まっさらな、ひとりのなんでもないただの女(男)

なんですよね。

いつしかそれを、忘れてしまうだけで。

 

昨日、身体から力が抜け、

重くてだるくて仕方なかった身体をひきずって

どうにかこうにか稽古場に行って、踊ったら、

汗だくだけど、何か蒸発して

変な思考が無くなって、変な想いもなくなって

とても内側が静かになっていき、くらげみたいな感じで

わたしは、海溝から、すこし上がったわけです。

 

踊りは、いいね。

 

踊りは、いいです。

 

むしゃくしゃしていた気持ちが一変して透き通ってきました。

 

少々さぼってたつけで、今日は筋肉痛が来ましたけど…

 

ただ。とにかく、一度全部まっさらにして。

義理も人情もこれまで過ごしてきた時間も経済問題も政治問題も

すべてを脇に置いて。

ただ、ただ、踊る、ということにもう一回立ち戻って。

そこから、もういっかい、自分で選べばいい、

結論は、それが心からそうであれば

なんでもかまわない。

と、おもいました。

自分にそれをゆるして、他人が何らかの形でそういう決断をしたならば

それもまたよし!とすればいい

と、おもいました。

 

まだ、身体に力がもどってくるまでにも、もう少しかかりそうですが

そしてまとまりは全くないが、一応、わけわかるかね?

しかし長いね…

 

まとめさせてくれたMに心からの感謝を込めて、、、!

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