日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

インドと整体のおはなしその①

昨年はじめてインドに行きました。

はじめてのインドは、

なんというか、ずっと「欲しい」とおもっていたものを、

与えてくれた、というのが思い返したときに

一番最初に浮かんできた感想で

いままで訪れたどの場所よりも強烈でした。

 

なつかしいようでもあり

未知の土地の怖れもあり

ずっと居たい気もすれば、

日本の涼しい風が恋しくもなった。

たった2週間程度の滞在でしたが。

 

 

帰ってから酷い風邪をひき、2週間ほど寝込んでいるうちに

どうしても何とかなにかにまとめたい、まとめねばと思い、

写真を整理し、フィルムで撮った写真は

荻窪の写真屋さんで取り込んでもらい、

キーワードのメモをたよりに、一週間くらいで文章にまとめました。

 

踊りをはじめてから、日記を簡単につける以上に

まともに文章にしたことは1、2回くらいだったから、

書けるかどうかわからなかったけれど、

書き始めたら迷いなく、

一筆書きみたいにがばっとかけたのです。

 

これどうしよう…?と書いた後でいろいろとかんがえて、

出会った人で、このひとに読んでもらいたいと思ったらなんらかの方法で

渡そう、と決めて、校正して、写真を配置して、カラーコピーして、

人を選び、お渡ししました。

なんとなく、それが私のSevaになれば、と。写真もあるし、

とも、おこがましくも思いました。

 
結果。
 
わたしのことをよく知ってくれている人に渡ったせいもあると思うけれど
何人もが「何度も読み返した」と言ってくれ、
写真がすごくいいといってくれ、
詩みたいだったといってくれ、
 
あれ!こんなに受け入れて貰えるんだ……と
すごくびっくりしました。
 

そして嬉しかったのは、K君がすごくよかったですと言ってくれたこと。

いまの日本の同世代で、その書く力とか, 熱意とか

頭のよさとか人間的なことふくめて、

多分ピカイチだよなぁ…と思う詩人のK君。

 

以前いただいたお土産のお返しに買ったインド土産がずっと手元にあって

会える機会もそうそうないので、送ることにし、

それなら旅の出来事と共に送った方がいいよな…とも思い

さんざん迷った挙句(これを送るのは実はホントに怖かった…)

同送しました。

 

K君とは、2014年の秋くらいに出あいました。

そのとき、実は、古参の姉弟子が<やめます>と言って突如いなくなり

その結果、

なぜか踊りの師匠のもとに居るのは私ひとりだけという事態となっており

私は、仕方ない、もうやるしかない、なんとか持ちこたえねばと必死でした。

 

そんな折、師匠はメキシコ公演がきまり、

日本に残って稽古場の管理をしないといけなかった私の代わりに

同行人になったのが、K君と音楽家のKさんでした。

 

K君とKさんは、そのころ稽古場で土方巽の『病める舞姫』を読もう

という企画があって、そこに集っていらしていたのです。

K君のすごさは、この難解な(とされる)本を一読しただけで

こ~んな文章を書いてきたのです。

最初にくばられたとき、

ひゃ~すっげ~!と思いました。

同い年ですから。

これ↓

書物『病める舞姫』を読むことは、そこに書かれ息衝く言葉を理解することではなく、その実景に各々の身体、言葉をひらき、邂逅すること、体験することだ。あらゆる邂逅がそうであるように、はたされた以後、われわれはそのままでいることはできない。それが身体を賭した経験だ。

 

http://bit.ly/1SKbwNq (途中の<全文>をクリックすると全部でてきます)

 

わたし、この本読むのに1年かかりましたからね( ;∀;)

 

 

そんなK君とKさんがメキシコ行きの準備の稽古を見に来てくれたり

一緒に音響や照明のタイミングの練習したり、

稽古場で本を読んで話したりできたあの時間は

結構贅沢だったのかもしれません。

 

K君とKさんとは、結構過酷な状況をともにしたこともあり

徐々に、仲良くなっていきました。

そんな折、

師匠と1対1の重圧に心折れそうになったわたしが

「やめようかな…」とこぼすと、

すかさずK君が

「おーつさんは、まだやめないほうがいいと思う。

きっとこの先、ぜったい良かったと思うとおもう!」

とかずばっと言うので、

私はむむむ…と思いつつ、

詩人の直感は信用すべし、と踏ん張ろうと思いなおしたのです。

 

 はあ~やっぱりいっぺんに書き切れないや。

つづく!