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akikootsu---来し方行くさきと今の日誌

赤羽の想い出その4

H先輩は、T総合病院という病院に入院しているらしい。

そう聞き、代々木駅から歩いて行こうと思いました。

 

お花を買って。

よしよしなかなかキレイで喜ぶだろう。

あ!手土産手土産……

 

しまった、代々木駅付近にはどこを探しても和菓子のお店が見当たらない。

ドラ焼きがすきだったよな…

大福も好きだったよな……

食べても全然太らないんだよな………と思いながら、

仕方なく途中にあったパン屋さんで

たしか、焼きそばパンとかも好きだったよな、と思い

色んな種類のパンを買って、手提げに入れてもらいました。

 

私は大の病院嫌いだったので、病院に来ると必要以上に緊張していました。

 

受付で名前を言って、面会に来ました…と言うと

看護婦さんが怪訝な顔。

「ちょっとお待ちいただけますか?」

そう言って奥へと消えた。

 

 

・・・面会時間とか間違ったのかな…

せっかく来たんだし、、、ちょっと話できればそれでいいのにな…

早く出たい、病院から出たい、、、

 

看護婦さんが戻ってきた。

 

 

「あの。今ご本人はICUにいらっしゃるので、本来は入れないんです。

でもご本人の同意がありましたので、特別にご面会いただけます。

あ!あのICUにはお花は持って行けませんので。

こちらでお預かりします」

 

ICU?

 

ICUって、大学じゃなくて、あの緊急ナントカ室?

えーと、何室だったけ、緊急救命病棟じゃなくて、、、

、、、ていうか、何?花持って入れないの?

それだとこのパンだけ渡して帰らないとならないんだけど?

 

訳が分からず、仕方なく言われた通り花を渡して

私はパンの手提げだけをぶら下げて、看護婦さんの後に続きました。

 

「こちらです」

と通された部屋。

 

先輩とお母さんがいらっしゃった。

 

「おお、おーつくん。ありがとね。」

そういって先輩は手を挙げた。

大分痩せて見えました。

 

「あの…、コレ、その、本当にどうしようもないパンなんですけど・・・」

そういっておかあさんに差し出しながら、

我ながらなんて情けないコメントなんだろうと思った。

 

「おお、、、これだったら食えるかもしれないわ。」

そういって先輩はニコっと笑った。

 

「こちらは、後輩のおーつくん。なかなか優秀でね、いい本を作ると思うんだ」

そう先輩は私をおかあさんに紹介すると

「いつも噂はお伺いしてます。

せんだっての結婚式にも来ていただいたわよね、ありがとうございますね

さっきまで、Sさん(奥さん)もいたんだけど」

おかあさんは目が腫れていた。

「・・・これで死んだらなあ、サギだよなあ~」

そう先輩がボソッといった。

Sさんの事を想っているのが、ありありと分かりました。 

 

先輩は面会の時間、始終私に横顔を向けていた。

どうして正面をむいてくれなかったのだろう?

でも、私は、後にも先にも、あんなにきれいな横顔を見たことがない。

先輩の顔には精気がみなぎっていた。

生きたい、生きたい、生きたいというまっすぐな気持ちがその言葉とともにほんとうに透けて見えて、私はその顔に圧倒されて、何も言えなくなった。

病人に対して、精気があるとか、きれいな横顔だとか思った自分を

不謹慎だとも思えなかった。

 

 

・・・「じゃあ、わたしこれで帰ります!!

           Hさん!どうぞお大事に!!!」

そう言って、逃げるように部屋を出た。

正味、6、7分の出来事だったと思う。

 

翌朝会社に行って、IT推進部の部長のところにノロノロと出向いた。

報告するのが実に気が重かった。

「ああ、行ってきてくれたんだ。実はさ、、、〇〇癌らしいんだよ」

「は? 癌? 

・・・私そんなの聞いてないんですけど!!」

「そう…まだ伏せててさ。

今殆どなにも食えないらしいんだよね~。

俺とかもまだ見舞いにも行けてないんだけどさ」

そういって、部長さんはデスクに戻った。

 

何にも知らないでのんきに見舞いに行った私って何?

向こうは私が知ってると思ってたんじゃないの?

何で言ってくれないの?

 

反論の元気もなく、その日は仕事もほとんどする気になれず

私の行動を思い返しながら、ものすごい後悔が襲ってきました。

 

 

その10日後の朝、

なぜか私のケータイに、H先輩の奥さんから

電話がかかってきて、会社の廊下でそれに出た。

Hさんの訃報をしらせる電話でした。

 

向こうからなにも知らないC先輩が歩いてきて、

私をみてニコッとした。

わたしはCさんの方に突進していた。

「Hさんが死んだ」そう小声でいうとCさんが硬直したのがわかった。

うう・・・わああ・・・と涙が出て抱き合って泣いた。

後ろから上司のTさんが来て

「泣くな!」

とどなった。

 

それからたくさんの人が行き交い始めて、いろんな言葉が聞こえ、

紙が行き交った。

訃報を知らせる掲示が社内の情報ページに載った。

「享年30歳」

そう書いてあった。

私は総務に電話をかけた。

「これ、違ってます。まだ、29歳です。誕生日はこれからだから。」

 

 

それからは、たくさんやることがあった。

社外の取引先の人に連絡をし、書店に電話をかけ、

私が先輩から引き継いだほとんどすべての仕事に

関わる人に連絡をし、問い合わせに応対した。

お葬式の集合時間を連絡し、場所を伝え、お花代を集めた。

お葬式の裏方なんて初めてやった。

 

・・・

後日、お宅にお邪魔すると、

たくさんの人を撮った写真が出てきた。

彼女を撮ったきわどい写真だってあったし、

C先輩が階段の手すりで微笑んでる写真もあったし、

もちろんわたしがカタツムリと問答してる写真もあった。

 

結局、私は先輩が死んだ歳を上回るまで会社に残った。

そこまでなんとかやってこれたのは

あのときH先輩と一緒に、本を売る仕事を一生懸命にやっていたおかげで

たくさんの社員といやおうなくコミュニケーションをとってきたからだったし

編集に異動になっても、総務に異動になっても、丁寧に扱ってもらえたのは、

営業の経験があったからだった。

 

先輩の生きた年を越えてはじめて、

自分にはあんな生き方はできない。

破格に優しい人だったのだ。

と身に染みて泣けた。

 

いままで赤羽を通るとなんとも言えない気持ちがあった。

でも、先日通った時、なんだかとっても「過去」になっていたのです。

だから、赤羽の想い出を書こうと思いました。