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日月日誌 hitsuki nisshi

from akiko otsu <来し方行く末と今の日誌>

赤羽の想い出その1

今日。

赤羽駅を通りながらなぜか

書かずにはいられなくなってしまったので……

書きたいと思います。

 

H先輩の事。

 

私が昨年まで働いていた会社の先輩です。

文章扱う仕事なら私もできるかもしれない…

と思って入った会社でした。新入社員は4人。

「新人の半分は営業」という暗黙の流れで、

私が営業部の書籍営業、もう一人の男の子が雑誌の営業、

あとの2人が編集部という具合に配属されました。

(編集部に配属された二人はのち結婚しました!)

 

新人が少ない分、対応は至れり尽くせりでした。

入社前の顔合わせでは、強面で指にごつい宝石の指輪をした、

ガタイのいいおじさん方がズラーーーっと並び

「らっしゃーい!」というような感じで、出迎えてくれました。

(あとで聞くところによりと、

〇〇高校野球部卒というコネクション入社時代があったらしく

その方々は甲子園に出るほどの強豪の野球部で過ごされた人だったようです。

営業一筋、人徳と目力とコネで仕事を取ってくるという人々)

 

 

さらに会社に入る前に「先輩方との親睦会」なるものが

渋谷の某飲み屋で催され、

私はそこで一人の鋭利な目つきの、小柄でメガネでビシっとスーツを着た

Hさんという男の先輩から質問攻めにあいました。

当時私がよく読んでいた本や著者やその周辺のことについて

あんまりにも、ああだこうだと議論をふっかけてくるものだから

「……この人とは絶対仲良くなれないような気がする。」

と思いながら別れました。

 

それが、私とH先輩の出会いでした。

 

私が配属された書籍課は、

一年先に入った超美人で仕事の早い女の先輩Cさん、

(同い年だったこともあり、のちになんでも話せる仲になります)と、

頼りなげながら人徳のあるバブル入社世代のKさん、

そして猛烈に弁の立つ、社内でも一番出世の早かった担当部長のTさん。

 

そして、ワタシの教育係として、H先輩が任命されていました。

あとで思い返すと後にも先にも、

こんなにいいメンバーでチームを組めることは最後までありませんでした。

 

でも「仲良くなれなそう」というラベルを張りつつあったH先輩をまえに

「…大丈夫かな、、、」

と思っていた私。

そんな私をよそに、

「おーつくん、よろしくね」

ニコニコしているH先輩。

 

 

その日から、わたしはH先輩の横に座り

電話の取り方からはじまって、取次への書籍の搬入の仕方、

車での営業ルート、営業の方法、

フェア商品の扱い方、注文書の作り方、

イベントの裏方、地方出張などなどについて

Hさんに教わることになりました。

 

部署的に、男性が8割だったので

若い女の子(しかも入社歴の浅い)二人を抱えたことがなく

若干扱いに途方に暮れている担当部長Tさんを

がっつりサポートしているのも、H先輩でした。

年は私より3歳上でした。

 

その実、H先輩は、頭の回転がものすごくいい人でした。

なんてったってKO大学法学部の院卒のぼっちゃんです。

でも、高学歴にありがちな嫌味が全くなく

どころか、それすらネタに出来るような

「自分をさらけ出す」ということを恐れない人で

野球部出身陣からも可愛がられ、外回りのおばさまがたにも可愛がられ

他の版元からも慕われ、

上司の信頼も篤い。

ほんとうにデキる人でした。

 

 

そして、私はというと…

だまっていればマトモに見えるが

どうしようもない田舎娘で世間知らず。

ということがわかるにつれ、

気をつかいつつ、可愛がってくれるようになりました。

どうやら、H先輩があのときに私を質問攻めにしたのは

どうやって会話していいか分からなかったからなんだなーと

分かるようになりました。

 

 

会社の裏にある「あばら屋」という立ち飲み屋によくついかれ

「おーつくん、ここのハムカツは最高だよ、食いなさい」と

上機嫌ですすめてくる。

先輩はお酒を飲むとすぐ真っ赤になって酔っぱらうので、

当時ザルのようにお酒を飲めた私は全然酔えずに

酔っぱらった先輩の痴話話や営業話や噂話を聞いている。

それは、案外いやではありませんでした。

 

 

担当部長のTさんも、Kさんも

すごくお酒の好きな人たちだったので

皆に誘われて、度々飲みに行きました。

ものすごい孤独癖のあった私を

よく見捨てずに誘ってくれたなと思います。

それぞれが得意とする飲み屋があって、面白かった!

 

H先輩は、芸術に造詣が深く、

自分もかつてバンドを組み、クラシックを聴き、写真を撮り、

本をよく読んでいた。

自分もほんとうはアーティストになりたい、

そういう想いを持っているけれど、どこかで

「自分はもうむずかしいだろうな」というジレンマを抱えていることが

私には伝わってきました。

 

 

写真学校に通って居られて、写真に情熱を燃やしていました。

そしてある日。

「おーつくん、モデルになってくれ」といい出した。

最初は断っていたのですが、あまりに何度もお願いされるのでOKすると、

それを聞いていた担当部長のTさんが

「H~よかったな~おまえ受け入れられたな~」

というので、

「そうか……私はまだどこかで、拒絶しているふうだったのか」

と知りました。(本当に孤独癖が強かったためだと思います)

 

「朝の光がいいんだよ…」ということで、

早朝の電車で井の頭公園に行くことになりました。

しかし。

待てど暮らせど待ち合わせの時間に来ない。

どうしたんだろう…といぶかしく思っていると

「ごめんごめん、寝坊した」

と悪びれずバスから降りてくる先輩が来ました。

 

先輩は、鳩ケ谷に住んでいて、私は当時高円寺に住んでいました。

鳩ケ谷からは赤羽に近く

赤羽から高円寺までは、直通のバスがあるのです。

 

「もう~朝日がいいんじゃないんですか?

もう昼近いですよ?どうします?」

「いやいや、行こうよ。アイスクリームおごるからさ~」

・・・ほんとにこの人の屈託のなさってすごいな、と思いました。

 

そして、昼近くなって井の頭公園の動物園に行き、象をみて、

林の中を歩きながら、

先輩は何度もシャッターを切りました。

正直、ものすごくテレました。

なんだかとっても恥ずかしい…

そう思いながらもなんとか撮り終えて、

アイスクリームをおごってもらい、二人で食べる。

なんだかデートをしてるみたいで、

気まずく思われ、その日は早々に別れました。

 

そして、その何日か後には引き伸ばされた写真を会社にいっぱい持ってきて、

うれしそうに先輩は私にその束を渡してくれ

「ホラーー、これなんかいいんじゃないの?」

ニコニコしながら、カタツムリを手に乗せている写真を見せてくれました。

それは、誰に見せてもいいねと言われるような、とってもいい写真でした。

でも、その他の写真を見て

「あー私、寂しい顔してるわ」

と思いました。

どれをとってもまるで寂しい。

そういう悶々とした時期を、わたしは会社で過ごしていました。

 

 

一回で書き切れなかった!

すぐにつづきを書きます!