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akikootsu---来し方行くさきと今の日誌

かんわきゅうだいその⑫ 僕らはエイリアンズ

2日つづけてかんわきゅうだいになってしまうのですが、、、、

もうずっと思っていることを書きます。

 

その前に、今日の私。

 

まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実ほうばっては
月の裏をゆめみて
君が好きだよエイリアン
この星のこの僻地で
魔法をかけてみせるさ
いいかい?

 

という某CMのフレーズが今日は頭を離れませんで……

フンフンと歌いながら帰途についていたところ

自転車をとめた神社についたときに風が吹いてきて、

おっとお!これは……もう荷物も放り出して泣きたくなりました。

 

というのも数日前に、いつも真剣によみながら爆笑している

Yさんのすばらしいブログ(→これです)を拝読して…

「エゴ崩壊の後に残ったのは『虚無感』や『空虚』みたいなものだった…」

「でもその『虚無感』や『空虚』みたいな“コレ”が

唯一の『存在の証』みたいなもんだよね」

なんていう夫婦のやりとりを読んでしまったのです。

こ、これは…

普通の夫婦のやりとりじゃない、です、ね、、、笑

なかなかできないでしょう?こんなやりとり。

 

 

そしてその “コレ” のことを想像したらなんだかもう

胸がキューーーっっとなってしまい、

二の句が継げない。

神社の風が絶妙にそのことを思い出させてくれるもんだから

もう切ない。

いつか、わたしも、味わってみたいと思います。

 

 

ちなみに、いつも大変お世話になっております、こちらの神社。

阿佐ヶ谷にいらしたら、ぜひ、神明宮(しんめいぐう)によってください。

ここの境内はとんでもミラクルで、

有り得ないタイミングで友人に会わせてくれたり、

意気消沈しているとバリ舞踊祭なんていうので笑わせてくれたり、

たくさんのカップルが結婚写真を撮りに来たりする

とっても素敵な神社です♡

shinmeiguu.com

 

最近とみに思うのですが。

やっぱり、根本にあるのは、暗さだと思ってしまってですね。

みんな持っているものは、明るさじゃなくて暗さなんじゃないかな、と。

ひとりでやってきて、ひとりで去っていく、エイリアンなのかな、と。

だってさ。(権威を持ち出しますが)

白川静 だってこう言っている。

 

闇こそ神の住む世界である。

 

問は人の家の門口でものをたずねるというような字ではない。

門の前に置かれているものはサイ(のりとの器)であり、

神に申すことばである。

門は神の住むところの廟門であった。

「誾誾」(ぎんぎん)とは

ものしずかに是非をいう語気のさまであるとされるが

もとは問と同じく神意をたずねる意であろう。

それにこたえる神の応答が闇、すなわち「おとなひ」である。

 

神にことばはない。

ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。

 

闇こそ神の住む世界である。

 

神にことばはない。

ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。

 

ドッカーン!

でしょう?

 

踊りの師匠は暗黒舞踏の舞踏家なので、

踊っているときのあのいいようのないとても美しい気配は

やっぱり闇のそれだと思うし、

読み方の師匠の、終わった後身体がすけてブラックホールみたいに見えるのは

そのとき、師匠は「門」になっているからだと思う。

 

やっぱりわたしたちは、そういう闇の子エイリアンズだと思うのです。

だからこそ、光が尊いんじゃないでしょうか。

日々キラキラハッピーな世界は、まるで嘘だなーとおもうのです。

 

暗くていいんだ。

暗い所から始めるんだ。

そう思ったのです。

 

という、わたしの超主観的、かんわきゅうだいその12でありました!

はっはっは、書いてしまった。根暗がばれるな。

あしたは、ハイダ・グワイの旅の物語を書き終えるぞお!