日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

ワタシノ・グレート・ジャーニー⑤ 誕生~北米編

自分の事をちゃんと見るってのは大事だよね、と思う。
けれども。
ごまかさないで見るのはやっぱりイタイもんですよねえーーー。

そーすると、スルッと、ね。
痛くない方向に行こうとするのが世の常、人の常、私の常でもありますから
とりあえず今は、イタいほうへ。イタいほうへ。イタタ・・・


さて。

ジャーニーに入ってもいないのに、なぜか話が遡り始めました…。

次第に追い詰められていく高校2年生の私。


ある朝、学校に行く行かないで両親ともみ合いになります。

制服を持って私に着せようとし、

学校に行きなさい、行ってくれお願いだと懇願する父。

泣き叫んで暴れて拒否する私。

手の出しようがなく呆然とする母。

 学校は休みの連絡をして、父は会社に行きました。

母は私が産まれたときに先生をやめ、専業主婦でしたからずっと家にいます。

 

その夜、わたしの頭の中になぜか、化学の元素記号が出てきました。


ああ……

 

…死にたい。

 


手元にあったタオルを首に巻いてぐっと引いてみる。


苦しい。

 

苦しい!

 

なんでお母さんは私なんかを産んだんだ!生きる価値なんてないんだ!

 

殺してよ!!

責任取ってよ!!!

そう泣き叫び、暴れる。体は痙攣する。そして疲れきって眠る。

そうするとまた、朝が来る。

朝が怖い。

また一日という時間を送らなければいけない。

鏡を見ると自分があまりにも酷く醜いのがわかる。

地獄の日々。

 

そしてあまりの精神的な落込みを案じた父親が、

精神科のある病院にわたしを連れていきます。

このとき、父はほんとーに大変だったと思います。

もはや母親は私とほとんど同じ症状を呈していました。

お母さんには受け止められない現実だったのだと思うし、

共依存」だったのだと思います。

 

そしてその日の夕方、通された診察室で、高齢の女医が、

目を腫らした私をちらっと一回見て、こう言い放ちました。


「あなたは、もうダメなんだから。  

 いい? もうダメなの。」

 

 

 、、、ダメ?

 


、、、、、、アンタなんかに。

 

アンタなんかに、言われたくないよーーー!!

 

 

こんなくそばばあに判定されるのだけはごめんこうむる。

そこからは何が起こったのか、記憶にないのですが、

そこには二度と行かなかった。


そのかわりに、どうやらわたしに、

まだダメじゃないらしいという少しの自尊心だけが残った。


そして、父親の知り合いの医者の紹介を受けて

私は県庁所在地にある別の病院へ行きました。

そこで、当時のわたしにとっては、

唯一まともに話をしようと思える医者に会い、
競争心の強さとか、学校の先生を尊敬できないこととか、

死にたい気持ち、身体の不調、母親という存在と自分

その他もろもろの話をしました。

一回につき、3時間くらいは喋り続けて、

薬局の閉店時間に間に合わないこともしばしばあったから、
今思えば、よく聞いてくれたし、付き合ってくれたなと思います。

「いいですか、あなたは病気なんです。

だから、ちゃんと薬を飲んで、

わたしと話をすれば治るんです。」

 

この先生に言われるのは、嫌ではありませんでした。

それにもう言うことを聞く以外他に方法がない気がするし、

この家族が救われる道もない。

治すためには、なんだってやろう。

日がな殺してくれと呻いているよりはマシだ。

もし今後も生きていかなければならないなら、

生きるのは私なんだから、

親を責め立ててたところで意味がない。

そう思いました。

 

先生はさらに、こんなことも言いました。

ここの壁があります。
本当はね、ちょっと歩いて、横から回り込めば、
通り抜けることが出来るんだよ。

でも、あなたは前の壁しか見えていない。
だからつっかえて、先に進めないように思っているんです。

僕のいうことを聞きなさい。

母親もカウンセリングをうけ、薬を飲み始めました。

父親は毎回会社を休んで私をその医者まで連れて行きました。

 

なんだってやろう。

自分の悪いところもちゃんと見よう、言おう。

そう思いました。