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日月日誌 hitsuki nisshi

from akiko otsu <来し方行く末と今の日誌>

ワタシノ・グレート・ジャーニー① 誕生~北米編

私は生まれてから18年間、

ほぼほぼ田舎から出ませんでした。

 

たまにトーキョーに行くことは行くのですが

路線と人の多さへの恐怖と、生来の方向音痴への自覚もあったし、

皆がめきめきと色めき立ち、東京に遠征に行き出す頃にも

洋服を買ったり、美容院に行ったり、雑誌買ったり、

などにあんまり興味ももてず

いちおう話をあわせてみたりするのですが、

結局全然興味がわかないので、そのうちぞんざいになる。

、、、結構、孤独。

 

 接する他者や他の世界が本しかなかったため、小中高と本はとてもよく読みました。

中学2年の時、ほんとうにたまたま図書室で太宰の「人間失格」を見つけて

なんだこれ、おもしろいな、と思って借りようとしたところを

若い男の理科の先生に見つかり

「・・・(絶句)」

という光景がありありと思い出されますが、

全般を通して、学校生活は暗かった気がする。 

 

一部の心の広い変わった図工美術の先生とか、

国語の先生とかには好かれたけれど、大体、先生たちとはとうまくいかない。

小中高と、みごとに全部の段階で担任とけんかする。

さらに言えば、全部の段階で登校拒否です。

 

 

小学校のときなんて一番アグレッシブだったから

ほんとうに嫌いだった担任の先生のことを

「あの先生は〇〇大の数学科出てるから優秀なんだよ」

とかおっしゃった、

机に足乗せてガムを噛みながら子供と接する偉い校長先生がいらして、

なんだかわけわからないのにむしょうに腹が立って、

校長室まで殴り込みに行ったんです、ワタシ。

 

ウケる、、、

 

 

人より自然の方がだんぜん身近で好き。

まあ、友達もいるようで、その実そんなにいなかった

ていうのもありますが

山あいの自然のほうに仲間意識をもって過ごしていました。

 

春になれば、森の近くの川辺に行って、

飽きもせず山の妖精に話しかけながら川べりの岩の上で寝っころがって過ごす。

何かあれば山の神様に真剣に拝み、

地域の神様行事には奮って出かけ、炊き出しに参加。

山の細い道にわざわざとわけ行って

ガスの充満していそうな洞窟に入ってみたり、

首のとれた人形に出逢って飛ぶように逃げ帰ったり

犬猫を拾ってきては皆で神社の裏に隠して飼って

結局私が面倒みるはめになって

首謀者としてご近所さんから後ろ指をさされたり

(不思議とうまい具合に皆どこかへ行ってしまったり貰われたりしたのだけど)

謎の人が住むとうわさされていた空き家に忍び込んで

囲炉裏に歯磨き粉をおいて帰ったり(なんであんなことしたんだろう…)

夏の夜のかえるの合唱の中を散歩しながら

もう二度と訪れない今年の夏を感じてものすごく神妙な気持ちになったり、

目に見えないものを頼みの綱にして生きてた気がします。

 

まずまず、学校以外では、いろいろと

感じようとしてはいた子供時代だったように思います。

 

書き出すと止まらなくなりますが

     (三つ子の魂ってほんとに100までかも……orz)

 

 

そんなこんなで、山際で18年過ごしまして、

高校生のときは、本当に人生で一番大変な時期でしたが

それはまた別のときにゆずるとして、

 

晴れて、東京で大学生になりました!

 

やったー!

 

 

、、、

 

 

いやしかし。

 

 

大学二年になった頃。しみじみ思いました。

 

 

……

 

 

だめだこれじゃ。

 

 

 

空虚。

 

 

たまに運動したまに文章を書き、少ないながらもステディな友人と集まり、本を読み、学校に行き、学園祭にとりくみ、たまに帰省し、試験のときに慌てて勉強する。

 

傍から見たらそれっぽく充実した感じがあったかもしれませんが。

 

いや~空虚!!!

 

 

いったいわたしは、何をしに東京さ出てきたんでしょうか。

 

 

そのときはそんな風に空虚だとか、なんだとか、言語化してはいませんでしたが、

そういう気持ちが火種になって、

もくもくと、

私の中のエンジンがかかり始めたんだと思います。