日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

菜食料理の、喝!受け取ることと与えることなど、など。

昨日、浅草にあるとあるヴィーガン食堂の店主の方にお願いをして現場を見学をさせてもらってきました。

これには訳があって(あたりまえだけど…)

インドはヴリンダ―ヴァンに行ったときのこと。

牛さんたちが「こんにちは」というと「こんにちは」と返してくる!しかも、つぶらな瞳で。その他たくさんの動物も「ぜったい殺されない」とわかっているから、そのくつろぎが身体からにじみ出ていて、ほんとうにその様子に感じ入った。

「恐れがない」ということのもたらすもの。

その場の空気のうつくしさ。

その他もろもろのことがあって、すすんで肉を食べてきたわけでもなかったから、菜食に移行して、身体もそれに馴染んできていました。

もしかすると、一生菜食になるのかもしれない。

そんなことが頭をよぎりました。

私の家族に菜食はいません。

友達にも少ないです。

 

なかなか完全菜食を日本でやりとげるのは、難しい。

料理はとても好き。

ということで自分で日常的に菜食に身を置くことをとか考えて作る側に興味を持ったんです。

 

いやしかし、すごかった…

なにがすごって、戦闘のような現場(ちょうどその日はお客さんが少なくて、その様子を伺ったに過ぎないんですが)、、、

その店主方は、不食の方で(それで料理を作ってるんですが、、、)コンセプトが、「食べると満足して、だんだん不食に近づいてくる料理」。

おおお。

「ほんとですよ、そういう波動込めてますから」

おおおお。

でもいい素材をつかって、ヴィーガン料理の提供で採算をとるのはほんとうに難しいとのこと。(ほぼ赤字らしい)。

傍から見ても、その労働の重度さが身に染みて伝わってくる……

 

「よく居るんですよね、ヨガやってます、何とかやってます、食に興味があります、それで勉強したいと思いました、とか言ってくる人。勉強したいなら金払えって!って感じです」

おおお、、、

、、、勉強になるなら金払えって。「交換」だもんな~。したくなるけど、いいとこどりしちゃだめで、というか結局そういうのはできない構造になっていて、やりとりは、交換。なにかをあげて、なにかをもらう、ぜんぶそれだよね、って思います。

わたしは貰うの不得手。しばられる気がするし、貰う分だけ返せる自信がなかったりする。だけど、ぜんぶが「交換」なんだから、貰わないと与えられないはずで、貰うことをおそれずに、でもほんとうに良いものを与えられるように、なりたいです。うん、理想論でもいいや。

で。

「やっぱり集中しないとだめなんです。だからここの若い人にも言ってます。10000時間やれば何とかなる。だから、今は睡眠も3,4時間だけど、今これに集中して取り組めば、ほかの事をなにやったって大丈夫だよ、って。みんなあれやったりこれやったり、集中しないんですよ。だからだめなの。ここは自衛隊みたいな部隊なんですよ。いつどこで災害がおきても、テント一つでどこでも行けて炊き出しが出来る。祈りをこめてやってます。」

おおおお、、、!

部隊と舞台は音が一緒。

舞台を作るときみたいな戦闘状態が常態なんだな。

 

ほんとうに、集中しないとだめだ。

瞑想して、集中して、今を生きること。

 

そして

今集中すべきことがあるのに、逃げてた自分がいるの。

きゃ~

認めます。

 

ようやくこれから半年間くらいのペースがつくれそうな気がします。

有難いです。

 

浅草 かえもん 

Organic Vegan Restaurant Kaemon Asakusa氣になるごはん かえもん浅草本店 - Home