日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

70歳になるとひとはこんなにも発光する事ができるのだと思わせるひとが、わたしには3人居る。どの人も、身体をみつめて自分をみつめつづけて来た人たちであり、それぞれがそれぞれに異なる光り方をする。

身体を見つめることは、ここまで美しくなれる事なのだと圧倒される。

そうありたいと心底願いながら、はるか遠くに見るのだ。

それでも、人間は、光の存在なんだと言うことをまがう事無く体現しているひとを、間近で感じられてきたわたしは、幸運なのだろう。

 

 

10年ほど前、わたしはうですらもまともに伸ばす事ができず、緊張が常であり、萎縮していた。

そんな気持が続いていた頃、渋谷の交差点を歩くたびに、自分が世界から隔絶され拒否され、宙にういているようなこころもちが苦しすぎて、毎日こころのなかでオイオイと泣きながら歩いた。

 

美味しいものを食べようが、すてきな洋服を買おうが、友達と話そうが、飲み会にいこうが、父母を喜ばせようが、善行をこころがけようが、溝は埋まらないどころか、ひろくなる。

みんなどうやって生きているの?というのが不思議でならなかった。