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日月日誌 hitsuki nisshi

from akiko otsu <来し方行く末と今の日誌>

かんわきゅうだいその⑬ 重いからだ、軽いからだ

かつては、ザルと呼ばれるほどの酒豪のわたしでありました。

飲める飲める。ほとんどの男性より飲めた。

が。

いつの間にか、お酒を身体が受け付けなくなってしまいました…

それでも、試しにもう一度トライしてみるか…と

昨日、白いやつをほんとうに少し飲んでみたところ

翌朝の重さが半端なく、体が起き上がれない。

加えて、浮腫みと頭痛。

「陶酔物はとってはいけない」と言われるまでもなく

取れなくなってしまった。

体質が変わったのでしょうか……

 

そして、

踊りがどつぼに嵌っております…

日に日に劣化していくという現象。

初動のときのものすごい気持ちとかイメージを再現しようと

「追う」ともうダメです。

生ものです。

「敬虔な気持ちがなくなっている」

と、ずばあああーと、ぐさあああーーーーと言われて、

わあああっーとなって、心から血がながれました…

そのとおりだからね( ;∀;)

感覚的に、深いところにいけるときの、

ものすごいすべてに意識的なのに、何にも意識しなくてもいい状態、

万事OK、みたいなところに行く一番大事な鍵は、

やっぱり、そういう気持ちなんだと思いました。

今日は、身体が重いです。

 

そういえば、先日…ヨーガのクラスでのできごと…

身体の中をとても使ったからなのかな、

大きく動いたわけでも何でもないのに

終わりの方で、いつもと違う疲労感がバサァッと襲ってきて、びっくりしました。

そのあと、いつも通りの稽古があったから、「大丈夫かな」と思ってたのですが

なんと、全身から力が漲ってくる…

その上、とっても身体がから余計な力が抜けている。

指の先まで神経が行き通っているので、とても静かで気持ちがいい…

という、とっても不思議な自分の身体の蘇りがありました。

とてもとても、自由でした。

身体ってすごいな…思考をガンガン裏切るな、、、って思いました。

身体は疲れているのに、とっても何かが軽かったのです。

 

身体の重さ、軽さ、って、

体重云々をこえたところにあるのかもしれません。

とわいえ。

目方は軽いに越したことないと思う

日本人女子であります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシノ・グレート・ジャーニー⑲ 誕生~北米編 

去年、はじめてアンマのダルシャンに行きました。

そういえばそのころ、自分の適当なメモがわりにしようと思ってブログをつくり、

「アンマのダルシャンに行った」とかいう記事をちょこっと書いたんですね。

1か月に一回も更新しないという幽霊ブログでありました(+_+)

アンマのダルシャン会場の様子、人がほんとうに 多いのに、なんでこんなにスーーーとしてるんだ、ここは!とても驚きました。

 

 

その当時私はまだ会社員をやっており、

「ダルシャン会場って渋谷なんだ…

仕事おわってからで間に合うな…(渋谷で働いていたから)」

と思って、まったくなんの予備知識も下調べもしないで行ってしまいました。

あのときは、7月でした。

 

実はその前日、私はあるきっかけがあり、ある決心をしました。

 

「……会社、辞めよう」

 

…入社してから幾度となく思っていたわけですが、

始めるは易し、辞めるは難し。

なんてったって20代後半は、毎日そこにいたのです。

傍から見たら優良ホワイト安定企業みたいな感じでしたし、

社員全員知り合いみたいな会社で、

ちょっと浮いていた私を面白がって

心から可愛がってくれた器の大きな人もいたし、

話せる同世代もいて、浮いたスタンスも案外認められつつあったけど

……どうしても今辞めないと、と思ってしまった。

 

その日。

 

お昼休憩に出たわたしは、

渋谷東急横のセガフレード・コーヒーで、ひとり。

 

「絶対に(上司の)中野さんに言うんだ。絶対言うんだぞ!言うんだ!」

てなことを繰り返し心に言い聞かせていました。

休憩時間が終わり、裏口から会社に戻りました。

 

すると……

 

なんと………

 

 

中野さんが。

裏口からまっすぐのところにある給湯室で、お弁当箱を洗っているの発見!!

 

神様のくれたチャーンスー!!!!!!

逃しちゃダメ!!ゼッタイ!!!

 

ということをコンマ何秒かの間に思い、

中野さんに駆け寄った。

 

「おお…?」

「あのお…その……ちょっとお話が。」

「あ、そうなんだ、、、。別の部屋行く?」

「いえ…ここでいいんですけど。あの…ワタシ。会社辞めます!!」

「あ、そうなんだ。……え?え?あのさ、チョットさ、

チョット待ってくれる?次とか決まってるの?」

「何にも決まってないんですけど…辞めたいです!」

「、、、いつ?」

「出来るだけ早く。8月とか、、、」

「……ちょっとさ、今日はさ、ちょっと待ってさ、

とりあえず一週間考えなよ。

普通はさー、そういうの三ヶ月まえとかにいうんじゃないの?すくなくとも、次をきめてからとかさ。

「…んん…は、はい、、、」

 

という一日でした。

言っちゃった私。

言っちゃんたんだけど、とっても冷静だった自分に驚きつつ

定時退社して、ダルシャン会場に走った。

が…おなじ渋谷とはいえかなり離れた場所だった…

間に合いそうになくなり、途中でタクシーに飛び乗って、

定刻。

ずらりと行列ができていました。

なんと…いつなんどき自分の番が来るかかわからないというダルシャン。

わたしはぎりぎりの時間にいったので、

順番的にかーなーり後でしたが

アンマに会えた…… 

 

今年も、行けるかな……いまは会社員じゃないから、朝イチで。

行きたいのです。

ーーーーーーーーーーーーーーー

さて。

そんなこんなで、旅も佳境です。

現在はハイダ・グワイ。

当日は、クィーン・シャーロット島。

 

わたしが心の底からあこがれて行きたかったその島は、

ほんとうに不思議な場所でした。

 

晴れと雨と曇りが数時間おきにやってくる。

 

うっそうとした茂みにはbluck currentsとよばれる

とてもおいしい実がスズナリになっていて、クマも好むとか。

カワウソの家族がコールタールの塊のようになって

海べりの桟橋のあたりをころげまわっている。

月夜の晩に、無理を言って、カヤックで上流から下流にある家まで

漕いで渡らせてもらうと、シン・・・としたなかに、

たくさんのものが息衝いている。

朽ち果てたトーテム・ポールが現れてもなんの違和感もない

土地の力がある場所だった。

 

わたしはここで、

リンダのふたりのお嬢さんルーシーとチャスに出あうのです。

彼女たちは、ほんものの野生児。

ものおじせず私にガンガン英語で話しかけてきます。

そのおかげ、わたしはここで出国してから1か月目をむかえたあたりに

せきをきったように英語を話せるようになったのですが……

 

ルーシーとチャスのまわりで、自然は、やさしい。

トランポリンでポンポンとんだと思うと

枠から飛び出してばたっと地面に転がっり

そのまま向こうまでごろごろ転がっては飛び起きて満足そうにわらう。

アキコもきてよーと一緒にトランポリンをすると

からだをゆらして喜んで笑いがとまらない。

巨大な犬と一緒に茂みにとびこんで、

ブラックカレントを食べて手を真っ黒にしてご満悦になったかと思えば

雨だ!とわざわざ土砂降りに飛び出してはどろどろになって帰ってくる。

言う言葉はとっても大人びていて、実にテンポがいい。

 

 

本人たちは「学校に行っていない」ということが世間から見たら

「学力的に劣っている」とされることを十分よくわかっていて、

リンダが「ちゃんと宿題やりなさいよ!」と机にむかわせると

ばつがわるそうに、ちょっと卑屈に問題にむかう。

わたしはお話を読んであげる係で、

読んであげると目をかがやかせて聞きながら

発音をなおしてくれた。

 

彼女たちの魂からの伸びやかさとか

キラキラキラと

まわりの自然が彼女たちを祝福するようすをみながら

わたしは、軽くショックをうけ、

彼女たちに、嫉妬した。

 

わたしも、こうで、あったはずなのだ。

ずっとこうでありつづけたかったのだ。

ずっとこうであれるはずだったのだ。

そうなんだ…みんなこうなんだ…

 

 

なんで、わたしは学校の先生と喧嘩したあのとき

ばかばかしくなって登校拒否してたあのとき

親に殺してくれとさけんだあのとき

死のうとおもってもがいたりしたあのとき

「もうやーめた!」って言ってさっさとドロップアウトして、

自分の好きなことなんだ?

って向きあわなかったんだろう。

 

わたしは彼女たちと一緒に過ごしながら、

あたまのなかで、

そういう思いが怒涛のように渦を巻きはじめました。

 

今は、これについては自分なりに結論はでてるんです。

……閉ざされたあの環境でドロップアウトしたら、

たえきれずにわたしは本当に、死んでしまってただろうな、と。

ドロップアウトせずにレールに嵌った体ではからずも東京に出て、

古郷からはなれ、親から離れ、

たくさんの人に出会ってようやっと

矢印をほんとうに自分のほうに向けはじめたのかなと。

 

ですがこの時は、まだ、そんなふうに割り切れず

わたしは、図らずも夢見たクイーン・シャーロット島で

自分のおろかさを悔やみ始めていました。

 

 

4月中に、テスト前状態から脱する宣言をしたので、

どんどんお話もすすめてゆくぞ!

 

つづく!!

 

 

 

かんわきゅうだいその⑫ 僕らはエイリアンズ

2日つづけてかんわきゅうだいになってしまうのですが、、、、

もうずっと思っていることを書きます。

 

その前に、今日の私。

 

まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実ほうばっては
月の裏をゆめみて
君が好きだよエイリアン
この星のこの僻地で
魔法をかけてみせるさ
いいかい?

 

という某CMのフレーズが今日は頭を離れませんで……

フンフンと歌いながら帰途についていたところ

自転車をとめた神社についたときに風が吹いてきて、

おっとお!これは……もう荷物も放り出して泣きたくなりました。

 

というのも数日前に、いつも真剣によみながら爆笑している

Yさんのすばらしいブログ(→これです)を拝読して…

「エゴ崩壊の後に残ったのは『虚無感』や『空虚』みたいなものだった…」

「でもその『虚無感』や『空虚』みたいな“コレ”が

唯一の『存在の証』みたいなもんだよね」

なんていう夫婦のやりとりを読んでしまったのです。

こ、これは…

普通の夫婦のやりとりじゃない、です、ね、、、笑

なかなかできないでしょう?こんなやりとり。

 

 

そしてその “コレ” のことを想像したらなんだかもう

胸がキューーーっっとなってしまい、

二の句が継げない。

神社の風が絶妙にそのことを思い出させてくれるもんだから

もう切ない。

いつか、わたしも、味わってみたいと思います。

 

 

ちなみに、いつも大変お世話になっております、こちらの神社。

阿佐ヶ谷にいらしたら、ぜひ、神明宮(しんめいぐう)によってください。

ここの境内はとんでもミラクルで、

有り得ないタイミングで友人に会わせてくれたり、

意気消沈しているとバリ舞踊祭なんていうので笑わせてくれたり、

たくさんのカップルが結婚写真を撮りに来たりする

とっても素敵な神社です♡

shinmeiguu.com

 

最近とみに思うのですが。

やっぱり、根本にあるのは、暗さだと思ってしまってですね。

みんな持っているものは、明るさじゃなくて暗さなんじゃないかな、と。

ひとりでやってきて、ひとりで去っていく、エイリアンなのかな、と。

だってさ。(権威を持ち出しますが)

白川静 だってこう言っている。

 

闇こそ神の住む世界である。

 

問は人の家の門口でものをたずねるというような字ではない。

門の前に置かれているものはサイ(のりとの器)であり、

神に申すことばである。

門は神の住むところの廟門であった。

「誾誾」(ぎんぎん)とは

ものしずかに是非をいう語気のさまであるとされるが

もとは問と同じく神意をたずねる意であろう。

それにこたえる神の応答が闇、すなわち「おとなひ」である。

 

神にことばはない。

ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。

 

闇こそ神の住む世界である。

 

神にことばはない。

ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。

 

ドッカーン!

でしょう?

 

踊りの師匠は暗黒舞踏の舞踏家なので、

踊っているときのあのいいようのないとても美しい気配は

やっぱり闇のそれだと思うし、

読み方の師匠の、終わった後身体がすけてブラックホールみたいに見えるのは

そのとき、師匠は「門」になっているからだと思う。

 

やっぱりわたしたちは、そういう闇の子エイリアンズだと思うのです。

だからこそ、光が尊いんじゃないでしょうか。

日々キラキラハッピーな世界は、まるで嘘だなーとおもうのです。

 

暗くていいんだ。

暗い所から始めるんだ。

そう思ったのです。

 

という、わたしの超主観的、かんわきゅうだいその12でありました!

はっはっは、書いてしまった。根暗がばれるな。

あしたは、ハイダ・グワイの旅の物語を書き終えるぞお!

 

 

かんわきゅうだいその⑪ 日本人の私と米のおはなし

何を隠そう、わたしは生粋の日本人です。

それも、とっても山奥の谷間の村出身であります。

山と川と田畑以外、なーんにもないのであります。

 

そういうわたしは、何を隠そう

日本食が大好きであります。

発酵食品。このかぐわしき、日本文化。

今年も味噌を作りました。

食べられるようになるのは10月くらいかな。

豆も塩も麹もいつもちがうので、

味的にどうなるのか、毎年予測がつかないのですが、

よくできたときは、友人の誕生日プレゼントに添えたりなんかしております。

一瞬目を疑うようではありますが、それもわりと受けまして、

「夫とふたりで味噌汁を飲みました」

なんていってくれるナイスな人もいて、うれしい。

 

そんなこんななある日、

われわれにとって欠かせない

お米について。

衝撃的なお話を聞きました。

 

今の日本のお米には、〇〇が決定的に不足しているとのこと。

 

さあて。

〇〇はなんでしょう?

 

ヒント!

 

骨、関節、血管、皮膚、毛髪、歯、爪などに多く含まれ、

生命維持に不可欠な必須微量元素であります。

 

人間のからだに必要不可欠なミネラルであります!

 

ムフフ。

 

そ~れ~は~

 

カルシウムよりも骨をつよくするという元素、

その名も、ケイ素でございます。

おお~化学のまったくできないわたしでも知ってる元素、

元素記号は、Si。

 

体内のケイ素は食物、主に穀類、野菜類から摂取る以外になく、

かつて日本人はそのだいじな元素を米からたくさん摂っておりました。

その、かつて日本の米に芳醇にふくまれていたケイ素が

その2~30年の間に土壌中からとんでもなく減少しているんだそうです。

 

植物へのケイ酸の供給は主に3パターン。

「土壌から溶け出すもの」と

「植物体の元素循環によるもの」と

「河川から流れ込むもの」であって、

お米からのケイ素減少の期間は、

土水路をコンクリートで大規模に改変整備してきた期間と重なるといいます。

 

よく、ワンコや猫ちゃんを外に連れて行くと

とげとげした葉っぱを食べませんか?

その謎が解けました。

あの子たちは、強力な解毒作用のある元素でもあるケイ素を

そういった笹類の葉っぱからとっていたんですね。

いや~野生は賢い!

どうやら人も、クマザサがいいようです。

 

いまとなってはサプリメントなどで補うほかないところまできているようです。

それもちゃんと、日本古来のものからとるのがよい。

Siをそのまま元素で摂るのは避けた方がいいようです。

 

私は3月半ばからクマザサケイ素を

ご飯を炊くときも、味噌汁を作るときも、

出先でなにか食べるときも、とにかくいつ何時もとりはじめて

それまでは荒れに荒れていた体調が2週間ほどでよくなってきました。

ケイ素は強力なデトックス作用があるようです。

そしてさらに、ケイ素は松果体を活性化させるんだそうです。

 

そうです、松果体

以前におわせたまま書くの忘れていましたが

なんと、、、胚胎すると一番最初に出来る器官は

松果体、なんだそうですね。

それを聞いて、わたしはほんとうにビックリして

なんで、そんな大事なことが

全然つたえられないんだ!と憤慨しました。

 

松果体は「第三の目」であります。

 わたしたちの踊りは、ここが大事で、いつも

「第三の目をつけて踊りなさいよ!何度言ったらわかるのよ!」

と怒られるのですが……

みんな、意識するあまり、より目になるのが常で

多かれ少なかれ、そういうのを何年もやってようやく、

一体、第三の目ってどこにあるんだろう?

どうやってつけるんだろう?

と考え始める過程をたどります。

 

、、、そういえば…思い出したよ、何年か前。

インドからきたヨーガ大先生と、

なぜか成り行きでカレーを食べる機会があったのですが、、、

「ワタシ。第三の目がはっきりつかなくて踊りのとき結構困るんですけど…」

(なんてばかみたいな質問したんだ!バカバカ!わたしのバカ!)

というわたしの質問に、目をぱちぱちしながら、

先生は、一息ついてにっこり、答えてくださった。

The third eye is intuition !

 

ヨーガ エリートでありました!

ワタシノ・グレート・ジャーニー⑱ 誕生~北米編

 何がうれしいって、声をほめられるのが一番うれしいです。

 

というのも。

大学を卒業した後、私は「声」の産婆さんに出合いました。

そのころ「自分の声は人に届かない」ということを密かに、相当悩んでいた私。

そんな折、演出家の、故、竹内敏晴さんと出会いました。

竹内さんのレッスンは、すさまじかった。

最初にふらっと行ってある演劇の訓練をしたときに、

「人間になれというゆさぶりだね」

と言われた私は、その意味がわかり、崩れ落ちそうになりながら山手線にのり、

その後一週間ほど頭の中で「ガーン」という音が鳴り響くほどショックをうけました。

というのも。自分が人間じゃないことがわかっていたからであります!

その忠告が比喩でないことも、よーくわかっていたからです。

そして、それを誰かに言ってほしかったのだと今になってみれば思います。

言ってもらって、幸いでありました。

 

以降、わたしは竹内さんの最晩年の一年間に運よくレッスンに通うことができたのですが、竹内さんは、声の産婆とよばれるほど、人の「声」にこだわり続けたヒトでした。

生まれつき難聴で、声が発せられなかったという障害からくる「声」というものに対する、なみなみならない取り組みをされた方です。

そのレッスンは、長時間の野口体操からはじまる、からだのレッスンでもあった。

そこでわたしは、「声」というのは、

そのひとの生きざまだということを思い知りました。

だから、今、気持ちが言葉になって、ちゃんと声としてでるときの喜びは計り知れないのです。これまた調子のいい時しか、全部は一致しないんですがね、、、 

なんでこんなことを書いたかと言うと。

 

今日はものすごく久しぶりに、鉄割アルバトロスケットというすばらしい集団のパフォーマンスをを見に行って、

俳優のたくさんの声を聴いたのと、

めちゃめちゃ笑ったおかげで、声がちゃんと出るようになったからでした。

いやあ、、、笑うって。

笑うって、やっぱりすごい解放なんですねーーー!

 

さてさてさて!

クイーン・シャーロット島というのは、現在は呼び名が変わって

ハイダ・グアイと呼ばれています。先住民ハイダ族がいた場所です。

風景は、こーんな感じ。

saiyu.co.jp

 

この湖面のスススっと波打つかんじを見るだけで

晴れ、雨、曇り、がいちにちのうちになんどもやってくる島の空気や

深い森、深い緑の湖、ひやっとしたエアー、美しい月夜の晩、

コールタールの塊のようなカワウソのファミリーや、クジラの影が

わたしのなかによみがえって泣きそうになります。

 

わたしはここで、ひじょーにショッキングな出来事にであうのです。

 

農家の長は、わたしを島までのせてきてくれたジョンの奥さん、リンダでした。

リンダは、モスグリーンのセーターのよく似合う、金髪のすごい美人。

ジョンは、機械整備工場ではたらいているといい、完全に尻に敷かれてた*1

 

なんでも、看護婦として南米に行って働こうと思っていたが、

想像と違ったのでやめて、かわりにオーガニックファームをはじめたという

かなりのバイタリティの持ち主。

そしてこの家は、完全なDIYであった。

水洗トイレまで自分でつくってあった!

電気がない。

日が落ちるとローソクの明かりのみ。

メールチェックなんてできやしない。

日の出とともに起き、日の出とともにローソクをともす。

ガスがないから、料理は、オーブンでする。

火は薪。

 

そして、ここにはふたりのとっても可愛い女の子がいました。

5歳と7歳。

彼らは、学校にいっていませんでした。

いわゆる、ホーム・スクール。

そして、彼らの行動は、当時のわたしにとって

おどろきもものきでありました、、、

 

つづく!!

*1:+_+

かんわきゅうだいその⑩ 最近のできごと。

こんばんは!!

 

先日誕生日を迎えておりました。

30代さいしょの厄年がおわった。

誕生日の日、稽古を終えて帰る道すがら、

ものすごい心臓がバクバクして、痛くて、

狭心症か?最後の厄おとしか?と心配になりましたが、

誕生日の近い友人がケーキを一緒に食べようと持ってきてくれた。

それを食べてはなしをしているうちに消失しました。

あれはなんだったんだろう。

 

そして、インド占星術の再鑑定をしていただきました。

分った部分とわからなかった部分はあるのですが、「処方」をしていただいた。

そしてこんなことを言っていただきました。

心が強い、へこたれない。(すんごい弱いと思っていた)

生命力がある。(とても薄いと思っていた)

心の支えにしようと思った。

 

 

そして厄年最後数日間のあいだに、わたしは

大事なマーラーを落としてしまいました。

トゥラシーマーラーは、わたしにとっては

子どもが小汚くなるまで絶対はなさない

クマのぬいぐるみみたいな存在だったわけですが、、、

わたしは一個に集中するとほかのことに気持ちをつかうことが

できなくなってしまうたちで

じつにマントラを唱えことがすくなくなっていた。

ああ、察知されたなと思った。

 

インドのババが

「これは母と自分を結ぶへそのおのようなものですよ」と言っていたが

へそのお失くしてしまった、、、、

もうインド行けないかな、、、、、

 

一週間の自分の行動を微に入り細に入り思い出して、

心当たりのあるところにすべて電話をかけた。

 

ない。

 

そしてこのタイミングで、インドのババからメッセージがきてしまった!!

仕方なく

 

「あのお、マーラー。落としてしまいました…」

 

「(Σ( ̄ロ ̄lll)!(←顔がすけて見えた)

                     ・・・絶句」

 

絶句されてしまった。

 

はあ……

 

夜の稽古を終えて、

散りかけの桜の道をとぼとぼあるいて駅に向かい、

電車に乗った瞬間、

無いと言われたけど、もう一度自分でたしかめようと思って

そのまま電車をとび降りて、

一週間前に稽古をした、小平市の施設に向かいました。

 

廃校の跡地を補修したその施設には夜遅く、

警備員しかいなかったのですが、

そのひとに無理を言って、

懐中電灯をつけて、使った場所のロッカーに向かいました。

 

めちゃめちゃ怖い。

 

「怖いですね~」

 

「夜はね~。でも、掃除の人も入るし、ないと思うよ~」

 

「あ、はい、でもちょっとした隙間にってこともあると思うんで」

 

・・・

 

「ないね」

 

「ないですね(ノД`)・゜・。」

 

「どこかほかに心当たりはないの?」

 

「心当たり?

・・・・・

心当たりーーーーー!あったーーーー!!

そういえばこの施設の2階の喫茶ルームを使った!

そのとき手に持っていたのをポケットにねじ込んだ記憶がある!!!!

ぜったいあそこだーーーー!!!!!」

 

 おじさん、ナイス!天使!!

 

 

 

「あの、二階の、〇〇っていう、喫茶室ありますよね、

あそこの忘れ物はどこにきますか?!

抱き着かんばかりに言い寄ったところ

そこはやはり落とし物の管轄がべつだという。

 

「翌日電話してごらん」

 

と電話番号をてわたしていただき

翌日あさいちで電話したところ

 

「あ、あの紫色のふくろ?チャックが緑の?あるよ」

 

あ、あ、あ、あった・・・・

 

あったー!((ノД`)・゜・。 

 

「ババ!ありました!」

 

「そうか!君がそう言うのを待ってたんだ!

 

 失くすんじゃない!使うんだ!」

 

「( ;∀;)」

 

ということで、今手元に戻ってきました。

 

この安堵が最大の誕生日プレゼントでした。

 

はあ~よかった、、、ごめんなさい、もうなくしません。

 

ワタシノ・グレート・ジャーニー⑰ 誕生~北米編

なんだか、先週まで、春休みの子たちにあわせて、

わたしは毎日おでかけをしておりました。

原宿のコスプレショップに行き、ランチをし。

動物園へ行き、おやつを食べ、

お買い物につきあい、カラオケに行く。

なんじゃこりゃ、、、。

 

あんまり興味もなくてこういったことをやってきていないせいか。

すごい楽しかった。笑

とくにカラオケにいって間が持たないので、とにかく歌いまくっていたら

息の使い方がすんごいよくわかりました。

そして、気持ち入れ方というのか、そういうのが

踊りと似ているんだなと思いました。

半分先に気持ちが行って、続いて身体がついていくみたいなときが

私にとっては一番いいと思える瞬間です。

 

そして、周囲とはしこたまケンカをいたしておりました。

私ってこんなにけんかっ早かったんだろうか。

ヒステリーに対し、ヒステリー返しをすると、

相対的に相手のヒステリーがけん制されることを学びました。

でも怒った気持ちを観ることが出来ると、

なんだかいつもと違う怒りの感じになる気がいたしました。

でも、わたしは「怒り」というのを、つとめて出さないようにがんばってきたので

その蓋をとっている自分、というのは、非常に新鮮で

なんども「おおおお、おこってるううう!」と、確認してしまったのでした(心の中で)。 

そして、「あんた初めてヒステリーになったじゃない!そーこなくっちゃ!」

といわれた。(爆)

 

なんだか3月の体調ジェットコースターからは脱したものの

4月は環境と気持ちの面でのジェットコースターのような気がしてます、、、

 

 

踊りも結構佳境にはいってきました。

 

そして、グレートジャーニも佳境に入ってきました。

 

わたしはとうとう、クイーンシャーロットの港についたのでございます。

夜の20時。

私に声をかけた謎の男は、わたしがこれから滞在することになる農家の

旦那さんでした。

 

ファーマー感がまるでない。

少し頼りなさげでありつつ、ちょっと気取った風でもありつつ

この人はいったい何なんだろうと思いながら

その人のボートに乗って

その港からさらに小さな小島へと向かいます。

 

そう、クイーンシャロット島は、数々のアイランドの集合体の名前だったのですね。

わたしはそこここに、トーテムポールがたっているのかと

勘違いしておりましたが、

ここはここで、アイランドが点在している。

そして、かなりの、田舎。

というか、未開の土地。

というか、野生の土地。

 

むむむ、、、これって

わたしが求めていた所なんじゃないか?

 

私は期待と不安とを胸に、月明かりだけの薄暗い夜のなか

アイランドの中のアイランドに降り立ちました。

 

つづく!