日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

インド番外編:不思議な帰郷②

さて。

続きです。

 

小学校の裏の土手を舗装工事するために

わりと大掛かりに道を整備したり、山を削ったり、

する必要があることがわかりました。

 

ちなみに、うちのまわりは

山と畑と川と民家と自動販売機が確か3つとバス停留所が1つと

宗教施設以外になにもありません。

 

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そして。

その、掘削とか、道路をつくることから派生してはじまった話で

 

衝撃の事実が発覚……

 

 

家のお墓のあるお寺は

村から少し離れたところにあるのですが

実は、、、、、

 

家の本当のお墓は、家のすぐ近くの山の中にあるらしい。

 

 

なんで?笑

 

……知らなかった。

 

なんで今まで知らされなかったのかが謎だったのだけれど、聞きそびれ、

わたしは「フーン」とか言いながら、取り合えず

まずは、裏山の神に挨拶に行くことにした。

 

わたしはいつも帰省すると山の神様の社の掃除とお神酒をあげるのですが、

今回は、台風の影響により、落葉と枝の落下がすごくあって

一人の力ではどうにも応戦できなかったため、父親が参戦した。

 

・・・というか、父親

ここの神と村の神と村の山の神を日常的に手入れをしている人なので

あたりまえだけどすんごく手際が良かった。

 

もくもくと清掃活動に従事する我々。

 

そこで、わたしは持参したトゥラシーのお香を焚いた。

 

更に、勢いづいた私は村の神社も勇んできれいにするために

出かけた。

 

そのあとその流れで、父親の先導で

例のお墓のある場所まで歩いていくことになった。

 

長靴でもくもくと歩く。

 

隣の家の脇の細い道から山に入っていくと

すこし開けた場所があった。

 

そこには………

 

小さな石のお墓が倒れたりしながらちょこちょこあって

とても、正直お墓っぽい感じはなくて、

なんか、言うなればこぢんまりしたさっぱりした空間だった。

この間父親が草を刈ってきれいにしたのだそうだった。

 

 

そして、そこにあった、他よりも

少しだけ大きい石には、中がくりぬかれていて、

小さな石がはめ込まれ、そこに字が刻まれていた。

 

 

 

南無阿弥陀仏

 

 

ん・・・?

一瞬目を疑ったのだが、

 

なむあみだぶつ

 

と、そこには几帳面にきれいに彫られてあった。

 

 

お寺のお墓には一切こんな文字が彫られたものはなかった。

 

さらに父親が、「こんなのもあるよ」的に教えてくれた小さな石があった。

そこには

「祖先代々の塔」

とあった。

 

 

なるほどね。

 

なるほど合点。

 

遠足についてきていた…

みなさん。

 

 

KOUさんの言ってた言葉が思い出された。

 

たぶん、祖先の方々をつれてインドに行ってきたんだということ。

きっと巡礼に行きたかったけど行けなかった人がいて、どうしても

仏陀のゆかりの場所に行きたかったひとがいるだろうこと。

そして、たぶん、みんな遠足が出来てすごい嬉しかったと思う!

 

 

というみなさん。

 

ここにいたんだ……

 

 

そう思って、わたしはなんだか

すっごく、おかしかった!

 

そしてついでにその足で山を歩いくと、

更にすこし上の方にあってあんまりちゃんと認識すらしていなかった、

村の山の神さまのところに出た。

 

紅葉した葉っぱが落ちた空間に

小さな紅い社がちょこんと建っていて

すごく……うつくしかった。

とてもとてもきれいな神様で、

わたしはこの神様の事をちゃんとお参りしたことがなかったのが

すごく変だな…と思った。

どうして、今までこんな近くにあるおおもとの山の神様のことを

知らなかったんだろう?

と。

 

そこで、わたしは何故かインド式に挨拶をして、すこしお祈りして

父親と一緒に山を下り、そして、その後東京に戻った。

 

 

不思議と、両親と、ものすごい久々にまともに言葉を交わして

何故なのかよく分らないのだけれど…

この歳になってはじめて

家のおおもとのお墓の場所を知り

この歳になってはじめて

村のおおもとの山の神様の場所を知ったのだった。

 

そして、その2つとも、携帯電話をもっていなくて

撮ることができなかった。

(インドで神様に会った時も、わたしは写真をとったのに

その写真は残っていなかった)

 

なんだか、不思議で心に残る帰郷だった。

不思議な帰郷の物語はたぶん、何かスタートの合図のような気がする。

 

よくわからないけれど、そんな気がしています。

 

 

インド番外編:不思議な帰郷①

座布団3枚!的におかしい失敗をして、

そのおかしさのセンスがはからずも秀逸なのに

周囲はみんな笑わずにモクモクと仕事されてる・・・・

(嘲笑してくれたたらどんなにかありがたいだろう)的な状況を繰り返していて、

もう一人で笑うことにしているような今日この頃。

 

みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 

いったい自分は何を書いているんだろう?と

そら恥ずかしくなることもあるのだけれど

それでもいいやと開き直って

書いていくのが好きなので書きたい、と思っております…

 

 

週末…

わたくしは、トゥラシーの苗木を持って

はるばる実家に行ってきました。

 

今までは。

ほぼほぼすぐ逃げ帰って来るような感じだったため

たいへん長らくまともには「帰って」いませんでした。 

 

11月11日。

 

 

ものすごく不思議なのだけれど…

 

 

 

故郷のすべてが違って見えた。

 

 

 

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                         (右に見えるの富士山)

 

なんだか…

 

すばらしく……

 

 

美しかった。

 

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そして、

はからずも

なんではるばるインドまで行かなければいけなかったのかを

紐解く帰郷になりました。

 

今まで書かなかったのですが。

 

インドから帰り

KOUさん…のところにうかがったときに

Incredible !ndia の旅。② 巡礼の巻 - 日月日誌 hitsuki nisshi

 

たぶん、祖先の方々をつれてインドに行ってきたんだということ。

きっと巡礼に行きたかったけど行けなかった人がいて、どうしても

仏陀のゆかりの場所に行きたかったひとがいるだろうこと。

そして、たぶん、みんな遠足が出来てすごい嬉しかったと思う!と

と言ってくださったのです。

 

自分ではそんなことはついぞ思いもよらず、

すごい大事な視点をくださったと思って

なんだかそれがジーンと胸の中に下りていて、

遠足したかったのね!

な~んて腑に落ちて思えて

以来、そのことは自分の心にしまっていました。

 

 

そうこうしているうちに、

ひさびさに両親に会うことになり

その後、友人からもらいうけたトゥラシーをわたしに

帰郷することになり

帰郷してみたら

まるで光景が違うのです。

 

これは要するにわたしのこころが変わったから・・・・

なのかもしれませんけど、

それ以上に、

もともと美しかったものを、ありのままに見れた

とゆーこと、

なのだろうかな、と感じました。

 

 

故郷の自然だけは

いつだって「HOME」ではあったし、

頭おかしいと思われるかもしれませんが(^^;

葉っぱとか木とかが「おかえり~」みたいに言ってくれるらしきことを

なんとなくほんとに感じていたのだけど、

でも、今回はもっと何かが違っていて

何かがもっとずっと、大きくて優しかったのです。

 

わたしは「いつものルート」を歩きながら

「みんな」に挨拶していました。

 

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なんでも

これから4、5年かけて

わたしの通っていた小学校の裏の土手から

約400メートルほどを、大保善するらしいのです。

そして、それを舗装するための道を作るため

山をすこし切り開いていくとのことを聞きました。

 

そして思いもよらない出来事に

遭遇することになります。

 

インド番外編、帰郷のお話は、つづく~! 

 

Incredible !ndia の旅。⑥ 書けたインクレディブルインディア的なことなど

書けないインドが一転

一部、書けるインドになった。

 

なんてこった。

 

昨日は晴天を呼ぶ友人・メープ(仮)から

久々にコンタクトがあったのだった。

 

彼は私の過去生(なんてものがあれば)の伴侶(経緯は後述いたします!)らしく、

その前の生(なんてものがあれば)の弟だったらしいのだが、

今生においては、まごうことなく縁もゆかりもなかった。

 

彼=インド人

私=日本人

 

彼=既婚

私=未婚

 

彼=幼少期に仏教の寺院に出家。一度も学校に行ったことがないが3か国語話せる上に、還俗し孤児の学校をたて、0地点から家族をすべて養い、現在社長を目指している(らしい)。

 

私=4大出て会社員をして、ほぼほぼ社会安定路線に見えながらその裏側でどんどん裏側人生に突入し、昨年ドロップアウトしたがゆえに現在ほぼ0地点。

 

というような、ほぼ真逆の人生である。

 

 

幾つかの共通項はあった。

それは、

神様に惹かれる。

良くも悪くも魂的な事にしか関心がむかない。

・・・・という、根も葉もないといえばそうなのですが・・・(^^;

 

縁もゆかりもなかったわけなのに、なぜかインドで一緒に

神様ごとに遭遇してしまうという(詳細は書きようがないため割愛)

事態に出合ったうえに、

そこに偶然臨席していたブラーフマナ(神官)から、

我々が過去生では伴侶(だが別離でどうのこうの・・・等)

というようなことを聞かされて

スピリチュアルな人生から足を洗いビジネスに生きようとしていた

メープの人生が変わってしまったらしい(と本人が言っていた)。

 

わたしは事態をよくのみこめないまま、  

過去生云々は事実だという根拠のない確信だけを持ちつつ

よくわからない渦に飲み込まれて今に至っている。

(別に我々が恋に落ちたとかそういうことでは全くない)。

 

しかし、

彼を見ていると、ほんとうに胸をうつほど

「親」と「家族」と「友達」というものを大事にして生きている。

そして、おそらくは幼少の出家時代に空気のように身に着けた、

仏教的な慈悲心がしばしばにじみ出るため

わたしはそれにほとんど感嘆すらしていた。

さらに、

聖と俗とを本能的に飲み込んだ上に発言しているらしき

コメントがいちいち素晴らしい。

 

メープの勧めで連れて行ってもらった菩提樹マーラーのお店で

両親に、仏陀が悟った木の枝で作った腕輪を2つ買った。

 

ヴリンダ―ヴァンではほとんど神様に向けてしか祈っていなかったのに

ブダガヤの、スジャータ寺院の樹の下で

「どうかわたしのこのどうしようもないエゴを

取り去ってください!お願いします!!」

とけっこう必死に祈っていた自分を発見した。

さらに祖先の人たちに向けて祈っていた。

 

我ながらそんな感じの祈りが出てくるとは思いもよらなかったので、

ちょっとびっくりした。

だが、あの場所は、そういうの出てきてしまう場所だったのだ。

 

 

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(お釈迦様の瞑想したバニヤンの木によじ登ってしまった図。・・・スミマセン・・・・)

 

 

で。

 

帰国後。

 

あるきっかけで早々に、

両親に会わなければならくなった。

 

ほぼほぼここ数年、まったくコンタクトを取ったことがないどころか

仕事をやめたことすら言っていない

極めて避けて通っていた人たちとの面会だ。

が…さほど緊張しなかったのは

おそらく祖先のつながりをおもいださせてくれる数々の出来事が

渡航前も渡航中にもあったからだろうと思う。

 

そうこうしているうちに

台風が来て両親の訪問が延びた。

 

そうこうしているうちに

当座の仕事が決まった。

 

一応今後どうなろうとも

当座仕事がある体で、両親に会うことが出来たのは

もはや、つくろいたいわけでも何でもないが

何となくいらない心配や詮索からも逃れられるし、ほっとした。

 

両親の反応は思いがけずドライで、かつ

さらに非常にパーソナルなことだからここでは書けないのだけれど

思いがけない話が出てきた。

そしてここでメープが一役買ったのだった(さすがは元ダンナ!)。

 

そして一緒にインドに行った友人のご両親が

大事に育ててくれた、トゥラシーのチビ苗木を(それまでに私が枯らさなければ!)

実家に持って行くことになったという……

 不思議な展開です。

 

 友人が

「クリシュナが実家に居るってすごい心強いと思う」

なんて言っていたけれど

この先関係がどうなるかはよくわからないにもかかわらず

案外気楽な自分がいて、そのことにすこし安堵している。 

 

 

現在、ワタクシ

0地点にあたって

ちいさくまとまりかけていたのですが・・・。

 

そんなわたくしを横目で見つつハナで笑いながら

 天使(もしかするとすごい怖い女神かもしれないけど)が

通り抜けていったみたいな数日間だったという感想。

 

・・・・それで。

 

インドにいくのを有形無形にサポートしてくれた

たくさんの(生きている)人がいたので、

行ってこられたのだとあらためて思ったのでした。

 

 

現実社会でもあんまり焦らずやって来るものを信じて

がんばりたい、とおもいなおしているのです。

 

まとまりないインドの旅は一旦休憩に入ります。

 

つきあってくださり、ありがとうございます!

 

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 家のトゥラシー(大)。すばらしい香りです。

Incredible !ndia の旅。⑤ 書けないインド、ちいさくまとまらないための喝。

新しい職場で働いている。

 

働いているのだけれど。

そのまさに働き始めたその日に出合ったある方が

 

〇〇〇〇〇〇の仕事はしないほうがいい(自分を殺します)。

あと、〇〇はやめた方がいいです(中毒性があります)。

 

とおっしゃって

それがそのままわたしが今当座やって行こうとしている仕事と

現在選考を受けている仕事の

その2つのものであったために(わたしは仕事については何も言っていない)

笑ってしまった……

 

 

これはあれだ。

 

 

 

 

小さくまとまんなよ!

 

 

 

っつーお釈迦様からの「喝」だと思った。

 

 

そして

「人生はどれだけ他者を幸福にできるかにかかっている」(意訳)

ということをきらきらさせた目でおっしゃった。

 

そうだなーと思いました。

そうなんだよなーと。

 

そして、そうです。

わたしはいつのまにか、ちいさくまとまって

資本主義社会に飲まれそうになっていたわけですよ。

 

はーーー・・・・・

 

 

「あなたは見た目以上に繊細なので(ほめてるのか?)

身体がものすごい素直に反応してます。

ほんとに邪気が良く出ていきます。

ですので、今ここでこの施術を続けると

明日右手が動かなくなるかもしれません。」

とおっしゃるので

「どうぞ!もう右手なんて動かなくて一向にかまいません!

動かなかったら明日仕事辞められますんで!

今ここで出し切らなかったら一生後悔です!」

と言ったら

「大胆ですね~じゃあほんとに続けますよ」

と笑いながらおっしゃた。

そして、わたしはどうしても取りきることのできなかった

邪気まみれの右肩の内側を解放してきたかわりに

もんのすごい倦怠におそわれていた。

 

そして、

それに伴い

いくつかの出来事や人に対する激しい怒りが湧いてきた。

ちょうどそのときに当事者とのメールやり取りをしていたものだから

憤懣やるかたない。 

 

と同時に。

ものすごいあきらめがやって来た。

 

あぁ、愚かだな、と (自分が)。

 

 

と思った。

 

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

インドの続きがかけない。

 

どうしてもキーボードをたたこうとしても筆が載らないうえに

自分の中でうまく咀嚼できてない気がして

ブログという媒体で書いてはいけない気がしてきた。

が。同時進行でインドからつらなる現実は動いていく。

 

何だろうこの現象?

なんだか二重の現実を生きているみたいだ。

 

統合されるのかどうかもわからないのだけど、

それでも「嫌な感じ」はしないので、

書けるようになるまで胸の中にしまって

吐き出せるようになるまで消化させたいとおもいます。

 

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うつくしいシャリグラムの写真を頂いてしまった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャパニーズ・グチ

あぁ、わたしはやっぱりコミュニケーション下手なんだなあぁーーーー

と思う会に参加して帰って来た。

多くの人と泊まったりおしゃべりしたりするのがなかなか苦手だ。

わたしにとっては苦行レベル…

更に

言葉の裏側に含まれる針とか戒めとか嘲笑とかいうのが

逐一わかるがゆえに

それをどー処理するかとか考えてしまう癖がわたしの行動と会話を鈍くする。

ほうっておければいいのにね。

 

わたしよりも

わりとかなり上のおばさまがたの井戸端会議的な場所の中で、

その場所のなかではみ出さないようにふるまいながら

ある程度の自由度をもって発言しつつ

可愛がられる器が私には無い…というか、

そんなんするくらいなら後ろ指上等!一人で居よう!

と思うのですが…

それでも何とかかんとか、会社で9年弱やってたんだよな…わたし。

 

器のある女の子はまわりに結構いるので

わたしにそういう才覚はないんだな・・・・と思いました。

 

おしゅうとめさん持つと

毎日こんな感じなんだろうか(私無理だな多分…)

とも思いました。

 

が、同時にわたしはまじめなので

なぜこういうのがダメなんだろう…

とか、

この居心地悪さをじっとみつめよう、呼吸しよう!

とか殊勝なことを思ったのだけど…

居心地悪すぎて。笑

中座し早々に立ち去り、夕日の中を歩いたら、

ものの数分で劇的に元気になった

まあ…本質が「少年」ですからね(^^;

 

 

そんななかでも仲良くなれた女性や

出向いた先の非常に優しい方に励ましをいただいたり

突如楽しみなお誘いがあったり

など、拾う神にも出会った。

 

わたしは今までもこの先も、

孤独だからこその人生…(それでいいはずだ)

と思う派なんだけれども、

それでも、拾う神にであってほっとする

そんな今日この頃でした。

 

孤独ってすごい貴重な感覚だと思うから

わたしは失いたくないです。

むしろそれを意識していたいのです。

神の手の中の人生劇場で、

どんな別の孤独な人と出会って

どんなふうに共鳴していけるのかなというのが(大げさだけど)

素晴らしく楽しみなわけです。

だからそれは孤独であって、孤独ではないんだろうと、感じます。

うまくいえないんだけど。

 

明日から通常営業です。

 

 

Incredible !ndia の旅。④ 書き切れないインド

描きインドの旅の続きを、書きたい書きたい書かないと完結させたい・・・

みたいな気持ちがずっとあって

PCの前に座るのだけれど

思うように書けない……

というか、書ききれる気がしない…

というか、書きたくない…病がはじまり

別に誰も強制してないし、書く必要なんてないんだけど(^^;

どうしたらいいんだろうと密かに悩んでいたわたくしです。

 

非常に色々と深くほらないと

まとめきれる気がしないのですが・・・

まとめきれないなりに

何となく、続けてみたいと思います(^^;

 

        ***

 

ヴリンダーヴァンは、

精神界がそのまま物質界に現れたと言われる場所で

その甘美な風景は、道端にどれほどのゴミが落ちていても

それを感じさせない清浄さでくるまれていて

そこに居るだけで日に日にものすごい早さで浄化される(と私は感じる)。

そして、

そこから出たくなくなる。

 

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そこには、すべての聖なる川があるという。

すべてのものを包含する地なのだ。

が。

 

わたしは今回、ヴリンダ―ヴァンの次に、ブッダガヤに行きたかった。

というのも、

自分が教えを乞うている人のひとりが

お釈迦様を師匠としてやっている人で、

お釈迦様の地をめぐるツアーを組まれていた(私自身は参加できなかった)こと。

 

自分の生まれた国も、何はどうあれ、仏教国であること。

 

そして、あるとき仏陀の像におそなえしていた、

不思議なお香の香りがしてきたことがあったこと。

それからいつも般若心経だけは欠かさず唱えていたものだから、

なんとなく、行かないと・・・・と思い、

予定を変更して無理やり旅程に組み込んだのだった。

 

ブッダガヤに寄って帰りたい」

そうヴリンダ―ヴァンにつれて行ってくれた方に言うと

「ヴリンダ―ヴァンにもガヤはあるよ(別に行く必要はないのでは?)」

ということだった。

 

さすがすべてを包含するヴリンダーヴァン!

うん…。

でも…やっぱり自分の身体で体験したい。

 

と思いました。

 

そんなあるとき、ゴパール・ダスが真剣に

(これは秘密なんだけど)という前振りで

「自分は○○国に行くんだ!

なぜなら古の賢人たちがみんな渡航しているから。

だから、もっと英語を勉強しようと思う」

といった。

さらに

「トゥルースを知ってしまったからには後に戻れないが

でも、僕は、ムスリムキリスト教も仏教も勉強したいと思っているんだ。」

 

それを聞いて、私の心もすごくしっかりした…

「他の神を崇拝しない、もしくは他の神をクリシュナと同等に考えない」

と書かれた教典をもとに生きている人でも、

こういうふうに考えて生きる人はいるんだなと嬉しかった。

 

わたしも自分でやっぱり見て知って体験しよう

そう思った。

 

わたしは、自分で体験したことだけが、

本当の事だとおもう。

それは、どんなに主観だと言われようと、

自分の中に体験として刻まれたことだから

疑いようのないことなのだと信じる。

 

書き切れないインドの旅は続く。

日本の結婚式 This is simple Japanese marriage ceremony.

昨日まで絶不調でした。

昨晩、稽古場で活元運動したことに起因すると思われる症状の発現。

 

謎の絶不調で、頭が割れるように痛く、吐き気などもあり

もう死んでしまいたい状態になってしまい

温湿布をして寝るに寝られず寝たところ、ろくに眠れなかったのに

 

本日絶好調!

 

元に戻った・・・・のかな。

もうどうしようもないかと思っていたのですが・・・

 

よかったです。

 

さて。

つい先日までアルバイト的な形で結婚式場などで働いたりしており

(もしかするとまだやらざるを得ないかもしれないが)

自分は一回もしたことないのに、慣れが生じてしまうほど

様々な結婚式を拝見したのですが。

 

しかし、

そのどれもが、

わりと、

つらかった…(スイマセン・・・)

 

いつから日本の結婚式はこのようにアニメチックな劇場型になったのだろうか。

まぁ、ワインをつぐ手が震えないように保つことに必死だから

見てる暇ないし聞いてる暇ないし大丈夫なのだけど・・・

 

それこそ、何百万もはたいて送り出すインド式もどうかと思うけれども

なんというか、わりとノーマルだった兄の結婚式すらわりと苦手で

わたしは何故か、コメントを言ったり、楽器を弾く役目を

果たしたわけなのだけど

終始…なんとも言えない感じだった(すいません)。

 

が。

 

ついに昨日目撃してしまった。

 

さすがは阿佐ヶ谷。

さすがは神明宮。

 

神前式結婚式というのをはじめて目撃しまして

その質素のうつくしいのに…

はからずもジーン見入ってしまいました。

 

ここでよく結婚式の写真を撮ってるのを目撃してたけど

本チャンははじめて。

むふふ~これは

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ハロウィンの仮装現実でないことを祈る。