日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌

つれづれに最近のこと。

今日、この般若心経↓

念仏サンガボイスin京都国民文化祭2011 on Vimeo(2:45位から)

を聞いてからこれがずーっと頭の中になっていた。

 

そして。

20:00頃、私のケータイに一通のメールと・着信があった。

前職の同僚たちからだったのだけど、

訃報。

 

しかも、私の隣の席だったKさんだ。

これで隣の席だった方がなくなったのは2度目だ。

しかも、Kさんも50歳手前だと思う。

 

家に帰ってからまたずっと

般若心経を聞き・唱えながら過ごした。 

 

明日は、以前亡くなったH先輩宅にみなさんは訪問するらしいのだが

わたしはお断りしていたのだ。 

 そんな矢先の報告だった。

そして久々に仲良かった先輩と話をして近況を伺ったりした。

「あぁ、わたしは辞めて、

ほんとうによかったんだ(あくまで私個人が)」

と思った。 

これに関しては、未練も後悔もはっきり言って一切ない。

 

 

先日、久々に(一か月ぶりくらい)にルン・ルに行ったのだけど

その時、クマザサを扱う摩訶不思議なおじいさんと

場所が隣になって、終わってから色々話をしていると、

「あなたは、色々話が出来る人なのに、ヘジテイトしすぎる」

というので、(ヘジテイトかよ!躊躇って言ってくれよ!)

「いや~私だめだめ!話、苦手なんですよ!」

というと、

「そうやって、自分をプロテクトするのは馬鹿だ!

質問してないのに先回りして話をさえぎってはならん!」

とダメだしを食らった。

(プロテクトかよ!守るって言ってくれよ)

 

なんだよコンチクショー初めて話したのにこのくそじじい!

と思わなくもなかったけど

同時に、そうだなぁ・・・・と思った。

 

 

言葉にすることをヘジテイトしすぎる傾向にある私は、

なかなか人前で発言することも無いし

質問することもあまりしないし(答えは一生かけて自分で出せ!とか言われるし)

でもそれって、言葉の出し惜しみだよな、と思ったりしていたのだ。

 

 そして

「あなた巫女さんだったんじゃないかな。

それで今踊りとかやって、祖先帰りしてるんじゃないですか?

、、、っていう風な解釈はどうですか(ニッコリ)

それを今生の仕事にどう活かすかですね」

と言われた。

それは妙にそうかもしれないと思った。

 

そして、クマザサの粉末で、場を浄化して結界を張る方法を教わりました。 

(家で早速実践したけど、すごく家がきれいになった気がする)

 

 

前回、責任というワードが光って迫って来たわけです。

akikologue.hatenadiary.jp

が。

坂爪さんもすでに書いておられた。

これね⇒ 道に迷った時は、損得勘定じゃない、自分のこころが「美しい」と感じる道を選ぶこと。 - いばや通信

 

そして、坂爪さんの前に、さらにすでに

エーリッヒ・フロム氏が書いておられた。

 

さすがフロム!

 

学生の頃読んで感動した記憶があるんだけど、

記憶のかけらすら残ってなかったという(何を読んだんだろう?)・・・・

https://www.amazon.co.jp/愛するということ-新訳版-エーリッヒ・フロム/dp/4314005580/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1516376758&sr=1-2

 

そんなわたしが今読んでいる本はこちら!!!

 

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これは現代の医療及びヒーリング及びアート関係者必読ではなかろうか。

 

そして、こちらぁ!!!

 

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永遠のベストセラー。

 

ルン・ルの植原先生は言ってた。

「仏教だけです、開祖の情けない話がたくさんのこってるのは。

釈迦がどれだけ情けない男だったか!

あの釈迦に出来るんだから、わたしたちにできないはずはないんです。

これだけの娑婆でばりばり働きながら生きているんだからね。」

どうやら、ここまでやってきた。

新月を目前にひかえて……

わたしはついに。

ついに!

 

かの職場で「笑いを取る」という偉業を成し遂げた……

 

お昼時の出来事。

机の上に「スペースを作る」ために

お盆ではなくお盆の内側のお皿を動かしてしまったことによって・・・

「お前馬鹿だなー」という「初」笑いが生まれた・・・・・

‥‥って、まぁ単なる私の天然ボケってやつなんですけどね、、、、、、

が。笑いが生まれた事により「天赦」が生じた気がした。

最後の最後でリベンジだぜ!

 

この世に必要なのは笑いだ…と痛感した。

 

そして、この世に必要なことを、今日はもう一個発見した。

このブログを業務時間中に読んでしまったことにより

……わたしは咽た(あやしい従業員だ)。

 

住職に聴く! 新年号 タオサンガ篇(12) | Tao Sangha

 

抜粋。

 

住職: やがて、思い当たったことがいくつかあります。

それは、シンプルな表現で言えば、「責任を持つ」ということです。、、、というのは、どのようなことあっても、またレベルはいろいろとあっても、“「責任を持つ」ことによって宇宙大は宿る”、という宇宙の法則がわかったのです。

 

-- 「責任を持つ」ことで、、?

 

住職: はい、責任を持つことによって、その人の行動なり言葉なり、また存在なりお互いの関係性なりに、宇宙大霊が宿るのです。

 この法則の一部に気づいたのは、実を言うとひたすらギターの練習に明け暮れていた18歳ぐらいの時だったんです。

自分が出した1音の響きに対して、“どこまで責任を持ち続けることができるか?”、という訓練をしていたんです。そして、出した響きに100%責任を持った音は、

自分の胸の奥から入り、それは全身に響き通るので、わかるのです。

 

「責任」…

 

この言葉にたどりついたときに

ものすごいさーっと光が差してきた。

 

責任・・・

このできることなら引き受けたくないとされるこの言葉の……

堅実さの力のすごさったら!

 

 

住職: それで念仏道場で修行を始めたのですが、1〜2年経ってから“このままでは心境が進まないし、どうしようかなぁ”と思っていたんです。でも最後には音楽で練習していたのと似たような原理で修行を始めたのです。

 -- それは、どんなものですか

住職: 2時間もの中、ずーっと途切れることなく、“全ての生きとし生けるもの救い”という責任を引き受けて、一心に祈り続けることにしたのです。

 -- そうだったんですか、、

住職: いやー、結構大変でした。渾身の意志力が必要でしたね。でも、そうして何カ月かやっている内に、まさに驚天動地のオドロキ体験あって、心身が根こそぎ変化しました。まるで生まれ変わったような自分

魂が復活し新たな命をいただいたような自分にんったんです。それは全く期待していないことでした

……中略

 

住職: 大霊が宿り、神さまに応援してもらうには、神さまが応援したくなるような、神さまがその人に宿りたくなるような生き方でなくてはならないということです

相手に対する責任を引き受けず、大霊が宿らない人間関係は、殺伐としたものになります。

住職: お客さまは神さまです。そして何らかのお客さまになれば、その場においては責任を持たなくて良い特権階級として、好きなようにふるまうことできるのです。

 

-- 関係性や場に責任を持ちたくないというのは、お客様という特権階級でいたいということなんですね。

 

住職: この消費者的なお客さま感覚が、すべての人間関係、友人や家庭にすら持ち込まれます。そうなると、言葉に責任を持たなくても良く

(お客さなんだから)、責任を持たずに関わることで、自分は奉仕することなく、費用効果を最大に上げること(お客さんなんだから)を、それこそ「無意識に」考えのです。

 これでお互いの関係性やコミュニケーションの場が、殺伐としないわけはありません。これで人生楽しいはずがありません。人間は、仲間と責任を引き受合い、協力し合って何ごとかを成し遂げたときに、最も人生の喜びを感じるようインプットされているのですから。

 

-- なるほど、、。

 

住職: これは、一致協力してマンモスを倒して食料を得てた時代からの

人間の基本です。その時に、「自分の働きは最低にしておきながら、なる

べく多くを得ることで費用対効果を大きくする」などという貧しい考えが

生まれようがありません。なぜなら、それではコミュニティの中で評判が

落ちて、もはや生きていくこと自体が難しくなるからです。

 

-- 、、、はい

住職: 責任を持たないというのは、単に大霊が宿らないというだけでなく、

関係が殺伐としてその場に不幸の神が来てしまう、ということなんですね。

それにも関わらず、責任を持って人や場と関わる人って、なかなかいないですね。

 

わかる。

踊りの師匠とはいろいろあるけど

ものすごい人の領域に入り込んでくる(それはいいときもわるいときもある)けど

それは責任から来るものでもあって

それを引き受けてるからこそ維持される「集団」があり「場」があることはたしかで

だから、「生徒」ではなく「弟子」を持つってことは

生半可なことじゃないこともよくわかる。

(善し悪しはもちろんある)。

 

 

今向かい合ってる人に責任をもってるかどうかとか

そういうのの含むことのデカさ!

「お客さん」でいることの罪悪。

「いい人」でいることの極悪。

とかほんとによくわかる。

 

そして、わたしはここがものすごく好きです。

 

>自分が出した1音の響きに対して、“どこまで責任を持ち続けることができるか?”、という訓練をしていたんです。

>そして、出した響きに100%責任を持った音は、自分の胸の奥から入り、それは全身に響き通るので、わかるのです。

 

・・・今日はこれを心にぐっと押し込んで踊った。

動きの一つ一つにどこまで責任持てるかーーー・・・

ってやったら

全てが、響く。

 

そしてわかった。

責任をもつコトをきめた瞬間に人生には

自分に響くことで溢れるんだってことが。

 

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アトリエ公演詳細決まりました。 

試演会形式。平成の……瀬戸際ダンス。

3/9 ・10(金/土)19:30~ 

四谷三丁目ランプ坂ギャラリー 

CCAAのランプ坂ギャラリー施設詳細

料金:1000円  ご予約受付中です!

uminiikimasho-asap@docomo.ne.jp

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わたしはどこへ行くのだろうその③。

行く先を占うべく、

タロット・カードをやってみた。

 

「山」
大いなるものの一部であること、許されてあることへの自覚。

生存についての静かな自信。あるがまま。

あなたがいまそこにあること、それはいくつもの要素が関わり合って成り立っている結果です。あなたの両親、その両親を生んでくれた祖父母、その人たちをこの世にもたらした何世代にもわたる血縁者とその出会い、存在を取り巻き、そこに起こる出来事と敬意をゆるしてきた衣食住の環境。……そのうちひとたうでも別の選択がなされたら、あなたはここに生きていないでしょう…(あなたの好きな)山々を心に招き入れ、
山のいのちと結ばれているあなたの中心を感じてください。心配はいりません。

 

イムリー・・・

 

 

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タロットカード・恐るべし。

 

わたくしは、山の子・明子。山がわたしのふるさとです。
http://amzn.to/2mDuGco

 

山は、いいなぁ。

 

山はいつでもそこにあったなぁ。。。 

 

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わたしはどこへ行くのだろうその②。

(つづき)

でもそのどれもが一時しのぎで

その後の気分がどうにもよくないわけです。

 

神依存っていうのもある気がするのですが。

「vrindavanにいくロシア人の友達は

非常にaddictiveになっていくと思うんだけどなー」とは

自分を差し置いたメープ氏によるコメントですが、

あれはあれで本人がものすごく幸せでありかつ

自我も我欲もなくなり大いなるものと一緒になってる状態なら

世界中に戦争が絶えなくても、なにかに貢献している訳で

それはそれでいいのでしょうか。

 

 

うーむ・・・・。

その辺が何とも腑に落ちないんですよね、、、

 

何かに依存していない人を私はあんまり知らないのですが、、、

 

わりと男性の多くが支配したがるのはいったいなぜだろう?

表面的にすっごい自由主義的な感じであっても

いったん自分の思うとおりいかなそうになると

支配に転じる人がすんごく多い気がするのですが、、、

(もちろんみんなじゃないけど)

依存と支配ってすっごく近い気がするので

依存の気配があるところに支配があるんでしょうね。

 

支配も依存も、何かを「奪う」ってことが共通してる気がするので、

奪い始めたら終わりの合図だなと思う。

 

自分の事だけ考えてるとここから永遠に

抜け出せないよな・・・・とおもう。

 

最近、どういう状態で死にたいかなー

ということをよく考えます。

 

いい感じに「暗い明子さん」になっておりますが

この状態が一番まともに考えられる気がいたします。

 

ううむ。

なんとも言えない記事が続くな。

わたしはどこへ行くのだろう。

 

今年の初夢をそういえば思い出したのですが・・・

 

どこかの病院の窓口に居て薬か何かを貰おうとしている私。

しかし、待てど暮らせど、おざなりな仕事で対応のたらい回し…

そこで私はハッと、家に娘を一人残してきていることが

猛烈に心配になってくる。

もう死んでしまっているかもしれない。

怒り狂う私。

人の命がかかってんだよ!

娘が待ってんだよ、役所仕事してんのかなめんなよ!

と。カウンターで怒り狂い暴れ始める私・・・・

 

 

という夢でした、、、、

一体、、、、何の暗示でしょうか・・・・。

 

そんなわたしは。

 

この切れそうな寒い中に居るのが好きで

屋上によじ登って、じいっとするのが、大好きです。

身体に寒気が突き刺さる感じが、こう、生きてる気をもたらしてくれる。

 

でもって遠くに高層ビルが見えるのですが、

東京、好きだよー。と思うわけです。

ほんの数年前まで憎みまくってた東京が好きになっているこの事態。

見えるものは自分だなーと思う。

 

でも同時に

人は何かに依存しないと生きていけないのかなー

 

とも思うわけです。

なにものにも依存してないひとあまり知らないです。

それは

酒だったり、たばこだったり、異性だったり、

親だったり、子どもだったり、甘いものだったり、

仕事だったり、ネットだったり、お金だったりとかするわけです。

してきたわけです、わたしもいろいろと。

 

聞こえちゃったのよ

今夜は。

怪しい話とまじめな話を書きたいとおもいます。

 

いい?

長いよ?

  

わたしは今だいたい家を朝7:20くらいに出るのですが。

今日は寝坊致しまして…

 

すっごいバタバタしながら

「ゴメン!今日は朝の挨拶はお釈迦様だけなのほんとゴメン!」

と言いながら般若心経だけを唱えて着替えて

出かけようとしていたところ・・・・

 

声が聞こえた。

 

 

マリア像の前でだけ「声が聞こえる(気がする以上の何かがする気がする)」

体験が起こっていたので、一瞬なんのことかよく分らなかったんだけど…

 

 

声が聞こえた。

 

 

しかも、その声

なんて言ったと思いますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟りたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬はたと立ち止まって

あたりを見回す私。

 

おかしいな・・・・

 

誰もいないよな・・・・・

 

 

悟りたい。

 

悟りたいって誰かこっそり言ったいま?

 

誰が言った?

 

え?

 

 

う~ん・・・

 

わたし?

 

 

 

 

いやいやいやいやいやいやいや、、、、(^^;

 

 

わたし人生で一度も

「悟りたい」

って言ったことないですよ。

思ったこともないですよ。

 

 

でも、たしかに小さい声で聞こえたんです。

 

 

・・・・でもなんでこのタイミング・・・・

なんか変なテンションになってしまい、

遅刻までしてしまった

わたくしです。

 

 

そういえばこないだ、来訪していた魂の伴侶、

メープ大先生の瞑想30分クラス

っていうのに出てきたときに

イメージで、なぜか大先生の背後に大仏が出てきた。

 

 

この声、わたしのじゃなかったら、わたしの祖先の誰かでしょうか。

それとも、もしかして心の奥底でわたしは

悟りたい、なんて思ってるんでしょうか。

 

 

ちょっとわからないです。

わからないけど、今日はそんなこんなんで

「悟りたい。」

を抱えたまま電車で各種人間に押しつぶされそうに

パックされてでかけるワタクシ。

 

 

 

・・・・・悟りとは、何ぞや。

 

 

 

そういえば、藤山家に新年のご馳走にあずかりに行った際、

りょーいちさんの一瞥体験のお話を一生懸命に聞きながら、

「ない」がなければ「ある」も存在しないのだから

「ない」は「ある」んだ・・・

という驚愕の事実を知らされてから

 

わたしの頭は「有」と「無」でしめられている。

 

 

知りたい、有と無の秘密。

 

 

・・・と思いながらその日は家にたどり着いて、

バックパックをあけると

その日に地湧社の増田さんに頂いた本が出てきた。

タイトルは

『祈りの姿に無の風が吹く』(絶版だそうです!)

 

むー!むーー!

 

むーーーーー!

 

著者は押田成人さんという、神父であり、禅堂を構え、八ヶ岳で修道生活を営む、なんともすごい人だった(存じませんでした!)

下記のように紹介されてました。

 

押田成人神父(1922〜2003)は、  信州八ヶ岳山麓に創られた高森草庵で、東洋の大地に根ざした祈りと農耕生活に生きた「無行の行者」。アメリカや日本の滅びを遠くに見据えるそのまなざしは、今を貫いて人類の将来に届いています。それは祈りの世界で見せられるながめであり、博識ではあっても、意識の底が抜けたような人ですから、人間の知的な洞察力に関わる形容はあまり馴染みません。地下水の深みにある霊性と実践において、宗教や宗派を超えて日本よりもむしろ海外の宗教指導者に知られています。最晩年の川端康成が押田神父の著書を読んでいたようです。

 

本には、こんなことがかかれてあります。

 

「この世」的なうそに気がついて、なんとかしなきゃならないと世の中もがいているときには、無を生きている人との間に対話が出てきて、そこに歴史の新しい知恵が出てくるのです。

 

う~ん。

 

すごいな・・・・・

 

 

あなたとわたしの秘密を感じるようになってから

わたしの生活は変わった。

 

人にどう思われるかがやっぱり心配だったり、

よく思われたい気持ちが

もちろん私にもあるのだけれど、

でも、あなたがみている私はあなただ。

 

ということがわかってから、無駄に落ち込まなくなった。

 

 

そして、なんかよくわからないけど

 

大いなるものと、なにかこう、ダイナミックなつながりが

生まれたように思う。

 

勝手に思ってるだけかもしれないけど。

 

そうして、わたしは

についてとっても知りたい。

概念じゃなくて、体験として。

無を、体験したい。

 

5分先か、1年先か、10年先か、一生無理かわからないけど

「無」を

体験したい。

 

 

そして、考えてみれば

みんな人間ひとりひとり

悟れる可能性を秘めているわけで

悟りがどんなにすごいのかよくわからないけど、

そのことって、すごいことだよな、って思う。

そんだけの可能性を秘めたわたしたちで

あることなんだよ!

 

書きたいことの10分の1しか書けなかったけど

早寝早起き推進派委員長(寝坊だが)としてはこの辺で。

 

おやすみなさい。

 

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あれこれ②

もはや「年末年始」とはいえなくなってしまった、あれこれツー!

ですが。

 

みなさんいかがお過ごしでしょうか?

 

わたくし、本日、ふと思い立って、がってん吉日とばかりに

ひっさびさに映画を見て参りましたー!

水曜日1000円の日だったんだもんね!

 

これね⇒ 『エンドレス・ポエトリー』公式サイト

 

わたくし、ホドロフスキーの作品を何故かほぼほぼ見ております。

 

昨年は、Nちゃんと一緒に、リアリティのダンスを観て、

ふたりしてハマったのだけど、これはその続編、かつ

 

これは・・・・

 

遺作だ・・・

 

と思ってしまった。

あの、奇天烈で破天荒で破廉恥で大胆でほろりとさせる呪術的な監督の撮った

最後のシーン、これが最後の最後に来るのか!と思った。

(ネタバレ防止で書きませんが!!)

もう夜も更けてきたので、長々書きませんが、

年始に実家に帰った際に起きた事件がありまして、

自分のやってきたことを追体験しているみたいでした。

 

実は、年末に一度アップリンクまで足を運んだんですが

一日3回上映なのに、満席になっており、見れなかったのです。

これ見て帰省してたら、確実に違う流れになっていたと思うので

人生はほんとに、偶然という名の必然の連続で

おもしろいなー・・・・と思ったのでした。

 

これ、踊りの師匠も見たらしく

「ひさびさに、自分より年長の人に教えをもらった感じ」と言っていた。

 

とにかく。

自分の人生を

他人に(それは、社会とか、親とか、環境とか、常識とか、ぜんぶひくるめて)

決めさせてはいけない

という、こんなメッセージが繰り返された本日。

 

わたしはひとり。

前職を辞めることを上司に今日告げようと決心した

セガフレードコーヒーの、まさにその席にいつのまにか座っていた私は

こんなことを自分に問うた。

 

わたしがいちばん嫌なことはなんだ?

 

これすぐに答えが出た。

 

現状はどうだろう?

 

と思ったら、いろんなことが霧がはれるみたいにすっきりとした。

それは大変に怖さを含むことだけど、いろいろとはっきりして

すっきりしました。

 

人生ってのは、くりえいとできるものなんだな・・・

何やってもいいんだよな・・・・・

そしてたいていの、恐れていることは、

体験してしまえばなんとかなる。

 

そうそう、先日、海外で活躍してる

舞踏家のワークショップに参加しました。

ただのワークショップの中で感動する位の踊りを観て

やっぱ舞踏ってスゴイんだ…と感じました。

肚からの動きの力強さと清々しさ。

 

ダンスって素敵だと思いました。

ダンスとはなんだ?と思いました。

 

この方です。

Improvisation KAYA (Yuko Kaseki, Antonis Anissegos) and Anastasiadis - YouTube


これもやるまでは、自分がどのへんにいるのかよくわからなくて怖かったんですが、

全然大丈夫だった。

超楽しかった……


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おしらせ

 

3月9・10日(金・土)19:30~ 

舞踏/ダンス試演会@四谷三丁目

各日出演者が変わります。わたしは10日出演予定。

 

1・2・3月 第2日曜日(1/14、2/11・3/11)

18:00~19:30  からだの会@高円寺(もしくは阿佐ヶ谷)

身体の深部までゆるめ、自分で自分を癒すための動きの誘導します。

お問い合わせ歓迎です。 http://bit.ly/2r9wjBY