日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行くさき今の日誌 ーakiko

皇居と聖母とヘヴィなご神事。

現在の仕事は失職するかもしれず、

先行きが全くもって見えない中なのに、妙に元気なワタクシ。

エネルギーに満ちております。

そして、最後までやってやる感に満ちみちております。

 

 

先日、会社に行ったら、シャッターが下りていた。

慌てて電話すると「追い出された」とのこと。

いわゆる、家賃滞納

というやつだ。

 

 

今まで、まるでそんなこと起きているなんて何も知らせられず

あっけらかーんと電話口で「追い出された」とか言ってのけるので、

すげーこんなこと本当に起きるんだ・・・・

と、怒りも湧いてこず、あっけにとられていた。

これはいつかあっけらかーんと「つぶれた」と言えるレベルだ。 

 

 

シャチョーさんは「僕の給料はずっと出ていない」とおっしゃるけれど

そもそも社長は雇用されないので、

「給料がどこからか出る」という概念自体がはっきりいっておかしい。

 

給料何てどこからも出ないし、

私ですら、ここでは「自分で作ってナンボ」だと思っていたので、

この本を何冊売れば私の給料の何か月分かは大丈夫

とか考えながら一生懸命本を売っていたわけであります。


これは生き方の違いみたいなものなのか?

はたまた、わたしの考えが偏狭なのか?よくわからないが、

とにもかくにもやれることだけはやってきたと思う。

 

懲りずに、また、今日もまた

「ボクの給料は何か月も出てない」なんて性懲りもなく言っていたので、

同僚の女性と顔を見合わせた。

 

彼女は「私リストラなんです~」って帰り道でこそっと教えてくれた。

 

会社自体は、今回の本を作った企業(というか著者)の方が

背後でバックアップするらしく存続はするらしい。


それにしても、この期に及んでシャチョーさんは理念ばかり語る。

「覚悟を持って」とか「死と再生」とか

「理念に共感」いろいろととにかく上っ面に言葉がうるさい。

 

言葉はいらない。

言葉じゃなくて必要なのは、

動く力と成し遂げるに十分な体力。

みたいなもんじゃなかでしょうか。


兎に角、言葉には重軽があるとひしひしと感じたこの一週間。

 

そんなこんなな今日ですが、

心はいたって平穏で心地よく、気力に満ちています。

 

 

皇居の勤労奉仕によってもたらされたパワーはスゴかったです。

 

ですが、4日+2日を完了する間に、実にいろんなことが巻き起こりました。

 

ご存知、集団行動が苦手なワタクシ。


また、マリア様の名のもとの集まりという、

ある種の「潔白さ」に(勝手に)気後れしたワタクシ。


安請け合いでOKした自分を呪いつつ途中で、辞退しようとしました。

 

が、主催のKさんから

「ただそこに居ればいいですから。絶対、大丈夫だから。それに

akikoさんが抜けると人数が足りません!」

 

と力説され、参加したのです。

 

が、当日まで、「私、大丈夫かな・・・・(-_-;)」と困惑していました。

 

当日も、なんとか朝5時に起きれたものの

激しい頭痛と肩の痛みに、最悪の状態でのスタートになりました。

 

 

そうです。

 

この頭痛は3月末~4月くらいから定期的にやってきていて、

何かの呪いなんじゃないかと思うくらい、私を苦しめていました。

(何かの呪いだったかもしれません

 

どうしようどうしようどうしよう・・・・(Д`)・゜・。

 と、地下鉄東西線の中で、文字通り「頭を抱える」ワタクシ。

 


が。

 

が!!

 


なんと、大手町のD2出口を出、皇居へ向かう道すがら

すーっと消失していったのです。

 

バガラムキー女神のマントラを唱えたときとはまた違う過程を通った感じで

より、迅速に消えていきました。


そして、皇居へ一歩入ったら、晴れて、体調万全。

 

ほんとうに、ここは、場がいいんだ、、、、と確信したのです。

 


この勤労奉仕、怒涛の4日間+2日(計6日間)だったわけですが、、、

 

特筆すべきはマリア様の名のもとで参加をしているものの

教会に属している人は一人もいないということ。

 

1日目に、現天皇皇后両陛下からご会釈を賜った。

こんな間近で見られるなんて、思いもよらない事でした。


しかも、天皇は、行事の合間で、モーニング姿。

そのわきに、ぴったりと寄り添う皇后陛下

2人の隙間のまったくない姿は、2人で1人で「完璧」でした。

 

 

場に入ってこられた瞬間に空気がさっと変化し、

時間の流れ方が変わり、

静謐で、高貴な存在のもつすごさに圧倒されました。

 

 

主催のKさんが、天皇皇后両陛下に

「教会には属さず、それぞれが、マリア様と繋がっている人たちで集まりました」

と紹介すると

「どんなことをしているのですか?」等々少しやりとりがあった後、

天皇陛下が、こういわれました。

 

「祈りは、静けさですね」

 

Kさん「まさにその通りです、、、」

 

皇后陛下は「どんなお祈りをされているのですか」など、

食い入るようにKさんを見つめながら質問なさる。

 

そして、マリア様のことを

「静かに、全てを受け入れた方ですね」

とおっしゃった。


団員のみなさんの中には、泣いておられる方もいました。

 

わたしは、とにかく、全部を見届けようとおもって

いちばん後ろにいたので、ずっとつま先立ちで、

目をさらのようにして、耳をダンボにして

とにかくすべてを覚えていようとおもったのです。


終わった後、Kさんに声をかけようとおもったけれど、

ものすごく感情が動いているのがわかって、声をかけることができませんでした。

Kさんのあんな表情は、みたことがありませんでした。

 

翌日は皇太子殿下のご会釈。

これは割愛いたしますが^^;

わたしは最前列にいたので、目をあわせることができました。

 

皇太子殿下少年のような目をしておられました。

 

 

それにしても、わたしは「なんで私がマリア様に・・・・」と、

実はずっと思っていたわけですが、

どうにもこうにも、自分の意志とかを超えて「やらされている」感があり、

抜け出そうとすると、引き戻される。

 

 

それをKさんは

「akikoさんは、こんな恩寵を頂いているのに、もっと自信を持ってください」

とおっしゃる。

 

 

わたしはいろいろな関係の中で

「引いてしまう」

くせがあって、

なかなかいろんなことに「コミット」したくない癖がある。

 

というのは、コミットしたら、最後までやり遂げないといけないし、

関係を持ったらそこに責任が生まれるし、

それをたくさんの人と出来る気がしない。

それに一人の時間が無くなったら、自分は生きていけない。

 

それからわたしが目立つことで、目立たない人ができることもいやだし、

目立てば目立っただけいろいろ言われるし、

そういうのは非常にどうでもいいことなので、出来るだけ避けたい。

 

 

集団でいると、そういういろんな気持ちが自分の中に渦巻く。

突き詰めて考えれば、責任を引き受けたくないの気持ちが大きいのかもしれない。

 

でも、今回の奉仕中に

「どうしてもこれだけは回避させなくては」

と直感の下で強く感じたことがあって、それは急を要したので

心を決めて表現をしたことで、流れが変わった。

 

 

「引かない」ことと「我を通す」ことは別種の事だとわかった。

 

コミットすることは、自分の輪郭をはっきりさせることだとわかった。

 

そして、自分の感じたことを認めて、口にし、行動することで

人と場との流れががらっと変わり、運命が変わっていくことがあるのだと確信できた。

 

抽象的な表現になってしまったけれど、

そういう、ものすごいヘヴィな、でも受け取ったものの大きい

6日間の「ご神事」だったのだと思います。

 

マリア様、Kさん、ほんとに、ありがとうございました。 

…って、見てないとけどね。

 

 

あっこさん、日本のかみさまに会いに行く~の巻 その④

みなさまご無沙汰です!

 

ワタクシ、先週は4日間の皇居での勤労奉仕+前後に1日ずつ

お話会と麻賀多神社日月神示が有名)で計6日の行事に参加していました。

ものすごいインパクトあるできごとだったので、あらためて

書きたいと思っています。

 

実に、「日本のかみさまに会いに行く」旅は、この奉仕までを一連の流れとしていたんだなーと理解できた次第です。

 

それでは、気を入れ直して、一気に紹介します。

 

ここまでの流れはこちら。

 

この旅のメインだった、「大神神社」へとついたワタクシ。

 

それは、見るからに、

日本のアルナーチャラだった!

 

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山自体がご神体であり、入山はかつて厳しく制限されていたようですが

何年か前に解禁され、しかし、山の動植物は取ってはいけない決まりがあります。

 

そこには、たくさんの生き物がいました。

生命の気に満ちていて、まさに「生きている神の山」という気配が充満していて、

素晴らしかった。

 

 

鳥居を一歩くぐると・・・・

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きいたことないほど大きなカエルの声が・・・

その声の方をみると

ちっちゃーな茶色のやつがいるではないですか。

 

あわてて掃除のおじさんに「あのーこのカエル、なんなんでしょう?」

と聞くと

おじさん「ああ、なんやろなぁ、まあ、神様のだからなぁ、図鑑にも出てないし・・・」

 

とのこと。

 

 

本殿にお参りし、

 

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三輪山に上る登山口のふもとの

聖水が湧き出ているところにたどり着くと、

 

 

こんなのが出迎えてくれました。。。。

 

微動だにせず!

 

 

 

 

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三輪山は写真が禁止なので一枚もないのですが、

私は、どうしても裸足で登りたくて、裸足になって

時間ギリギリまで山道を歩きました。

 

 

 

 

途中、

 

バサ!

 

Σ(ー□ー;)

 

っという音とともに大きな木の枝が私の横側に落ちてきて

見上げると、カラスがこちらを見下ろしています。

 

あーこれは、、、洗礼だな、と思いつつ

滝のあるエリアで足を浄め、下山する方向へ。

 

後で、「ごんぎつねさま」に聴いた話ですが

三輪山ね、僕もいきましたがm山頂までは登らない方がいいかもしれないですね。

ぼくもね、帰りにずーっと等距離で大きなハチが追いかけてくるの。

最後はダッシュで逃げてね。そういう山です」

 

とおっしゃっていたけれど、

わたしは全然そういう怖い感じはせず、

帰りも、風の中に、至福を感じました。

 

ほんとうに、神の息吹に満ち満ちた山であり、

これが、国づくりをした、出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)を祭った

日本最古の神の山なんだなと、実感としてなんとなく感じ取れたわけです。

 

さて、チャリを飛ばすこと約6時間。

一日に数本のバスを逃さぬように、

わたしはさっそうと三輪山を後にして、天河神社へ向かいました。

 

なんてたって、朝5時から動いていますから

その日のうちに、あこがれだった天河神社へ着きました。

  

天河神社は、なんというか、秘境的な感じもありつつ、

大らかできれいな神社。

 

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しかも、名物の「五十鈴」があたらしく取り換えられたばかり

ということで、そこで1時間くらい瞑想しました。

 

すばらしくいい気に満ちていて、

さらに、泊った宿の近くに、円空作の大弁財天さまがあったりして、満喫。

「芸能関係のオシゴトの方ですか?」と宿の主人にきかれ(よく来るらしい)

「・・・・(-_-;) まぁ、芸能というか、、、芸事というか、、、(´-ω-`) 」

とかモゴモゴ言いながら恥ずかしくなったワタクシ。

 

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円空の弁財天様

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あたらしい五十鈴

 

満喫した私は、翌朝5:55のバスで天川村を後にしました。

(乗り遅れそうになって、バス停前でバスを止めた私)

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朝の天川村

 

次に向かったのは、伊勢神宮

Kさんの言う通り、「るるぶ伊勢」を買って、研究して、

 

外宮をまわり、月夜見神社を回り、内宮を回り

五十鈴川で水を汲み、天照大神を伊勢まで運んだすばらしくパワフルな

姫神社までめぐった!

 

姫神社がいちばん好きだった!

伊勢神宮は、木はもちろんいいけれども、あっさり美しすぎた!

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姫神

 

そして、夕方の電車に乗って、帰途についたワタクシ。

 

交通の便がよくない場所なのに、

今回の旅は、何か導かれたみたいに、

全てが、寸分の互いもなく、何にも邪魔されず、

驚くほど計画性に満ち(まるで自分の旅ではないような・・・)

 

ジャストインタイムでした。

 

 

 

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人気のない倭姫神社で旅のほとんどの行程を終えて、ご満悦なワタクシ

 

そして、この旅は帰ってからさらに発展するのです。

 

かんわきゅうだい・ごんぎつねさまのこと

いつも行く神明宮とはちょっと違う方向にある

八幡さまにふっと気が向いてお参りに行ってから

そこの神職の方とちょっとした出来事がきっかけで仲良くなった。

 

この方のことをわたくしは心の中で

「ごんぎつねさま」

と呼んでいます。

 

ごんぎつねさまがそっと教えてくれた。

 

神職はほとんどが世襲制で、ぼくみたいに普通の会社で働いてから

この世界にはいってくる、なんてのはほんとにまれなんです。

だから、みんな世間知らずなんですよ、ほんとにね。

でも、仕事は、会社員みたいに、ただこなしているだけの場合が多いですよ。

〇×宮でも、みんな神職はお葬式の方に周るみたいですね。

葬儀屋とタッグを組んでいて、そっちのほうがもうかるから。

それで、お祓いは学生のバイトがやる、みたいですよ。

 

神職の方々に精神世界の話をすると、みんなすごく馬鹿にします。

ほとんど、興味なんてもってないですね、見えない世界の事には。

だから、ぼくも、周りに宮司やだれかがいるときは、決してこんな話はしないんです。

それから、鏡の後ろの御簾の奥はほぼほぼ「開かずの間」になっていて、

多くの住職がここを「観て観ないふりをする」のが慣例になってるんです。

移転や何かよっぽどのことがない限り開けない。

 

ただ、うちの奥さんをあるかたに観てもらったら白蛇が現れて、

掃除してほしいといっているというんです。

だから、ボクは意を決して、だれもいないときに、御簾の奥も掃除をしたんです。

必然的に、ご本尊を観ることになった。

そうしたらね、その本尊は〇〇〇だったんです、あ、これ絶対内緒ですよ。

それから、ぼくは、人が居ないときはお香を焚いて、真言を唱えるようにしています。

そうするとね、パチ!パチ!って音が鳴るんです。

だからね、わかるんです。

 

ここはのどかでしょう?

昔たんぼだったんですね、だから、そのときの感じが残っているんですね」

 

そのほか、日本のさまざまな神社のすごさとか、由来とか、

礼拝の仕方とか、教えていただいたのですが、、、

本尊〇〇〇にはびっくりしました…

 

そんでなんでわたしがここに立ち寄ってしまったのかが

わかってしまった!

 

絶対内緒だっていわれたからいわないけれども、

たぶんここまで読んできてくださった方はお分かりかもしれないですね、、、

 

神様ネットワークの凄さはとりはだです。

 

そこの八幡さまは、ほんとうにのどかで、あたたかな場で、

昔いちど来た時とは全然違う感じがしました。

 

ごんぎつねさまが就任されたのが、昨年だということで

そこからいろいろと変革されてきたらしいので

ひとえに、ごんぎつねさまの気のよさの反映なのか、

わたしの気持ちが変わったのか、

よくわからないのですが、もし私の家に遊びに来る方が居たら

ぜひ一緒に行きたい場所です。

 

余談ですけど、ごんぎつねさまはイケメン神官です。

切れ長の目がきつねを思わせます。


 

一見の価値があるとおもいます。

 

はー、今日もまた まるで生産的でないわたしでありました。

 

 

 

あっこさん、日本のかみさまに会いに行く~の巻 その③

みなさまこんにちはー!

 

4月くらいから時折ものすごい頭痛に襲われたり、

眠気が抜けなかったりと、

ちょっと体調的におかしいな…と思っていましたが

昨日、また頭痛の襲来。

 

わたしは頭痛の耐性が無いので、この痛みにはめっぽう弱く

頭をかかえていました。

一晩寝たら治るかな、と思いきや、全然改善しておらず、

今朝は早朝から自宅に壁紙工事の人が入るため、家で休めないので

どうしたものかと思ってました。

 

なすすべなく、朝の勤行。

実は、いろいろな経緯で

あたらしく礼拝しようとしているインドの女神様がいて、

その女神さまのマントラを最近唱え始めたわたし。

今朝も、ゆっくり唱え始めたら、、、、

すぅーーーと、ゆっくりと頭痛がフェイドアウトしていったのです!

あまりに鮮やかになくなっていく過程が観察できるほどで

心底びっくりしました。

 

以降、どんどん、元気が復活して、

家の掃除と残務処理と今このブログの更新をすることができています。

 

あーびっくりしました。

 

これほど即効性のあるジャパの効果を感じた事はいままでなかったです。

(ジャパ=繰り返し神様の聖名を唱える)

 

         ***

 

さて、2日間の出張を無事終えて、

18:00のチャイムとともに奈良駅に降り立ったワタクシ。

 

息をのむほどの夕焼けです。

 

その日は、橿原神宮前からバスで

明日香村へ向かい、そこのゲストハウスで一泊。

 

同室の女の子はドイツ人でした。

ヒッピー旅行をしていたころの感覚がばっと蘇ってきて、

同時に、あの時みたいな旅はもういいやと思っている自分も居て

面白かった。

 

翌朝は、5時に起き、宿を6時に出発。

ここには、電動自転車の貸し出しがあるのです。

電動自転車のったことあります?

すばらしいんですよ・・・・小回りはきくし、坂道もよいよいだし。

 

明日香の朝は、ほんとに、ものすごいなつかしさ……

感じました。

 

 

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30分ほど走って橿原神宮

さざれ石、っていのがあって、、、あれですよね、苔のむすまでのさざれ石。

初めてみたのですが、、、、、↓

いっぱい小さな石があつまってできてるのね。

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日本国が、さざれ石が結集して「巖」となって、その巖に苔が生えるまで

平和でありますように、、、

 

っていうことらしいです。

さざれーいしのー

って意味わからないでないでいましたが

「さざれ石」みたらその意味がよくわかったよ。

 

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神武天皇陵。

初代天皇のお墓です。

あれ?なんか地味でいい感じねーと思いました。すばらしく安らぎを感じた。

靖国神社に行くともういてもたってもいられなくなるのですが、

ほんとうに、ここは、安らかなバイブレーション。

 

そして、、、香久山へと向かいます。

この向こうにみえてるのがそれです。↓

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まずは、香久山神社へ。

占いの木。「波波迦の木」

天香山神社境内にある朱桜という古名で知られており、古代の占い・太占に用いられたと言われています。古事記によれば、この木の皮で香具山の雄鹿の骨を焼いて吉凶を占ったそうです。

 

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そして、香久山神社。名前の知名度とはうらはらに、

ものすごい小さく素朴な神社でした。

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そして、かの天照大神が隠れて、世界がまっくらになってしまった事件!

その岩のある、「天岩戸神社」へ。

 

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この神社もたいへん質素でかわいらしいものでした。

 

その裏手に、アマテラスが隠れた岩が❕❕

 

 

 

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これが拍子抜けするほどかわいらしい岩だったのでした。

 

このまわりで、神々がどんちゃん騒ぎをしたんでしょうね。

 

なんといいますか……

 

昔の神々が愛おしくなる「天の香久山」全体のかわいらしさ。

 

満喫したわたしは今回の旅のメインのひとつになってしまった

大神神社

へと向かいます。

 

大神神社はこれで「おおみわじんじゃ」と読み、日本最古の神社なんだそうです。

 

古事記』によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀まつられることを望んだとあります。

ご祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)がお山に鎮まるために、古来本殿は設けずに拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社です。

 

 

大神神社がまつられる三輪山は、山自体がご神体とされているそうで

太古の昔より神さまの鎮まる神聖な山として、

禁足の山として入山が厳しく制限されてきたそうです。

 

わたしはさっそうとチャリを飛ばしたのであります。

 

 

つづく!!

 

 

 

 

 

 

あっこさん、日本のかみさまに会いに行く~番外編 褐色の聖母と女性性

みなさまこんばんはー!

 

今日、出社したら、会社のシャッターが下りており、

おかしいな…とおもいつつ、待てど暮らせど開かない、、、

中に入るのを諦めて近くの喫茶店で作業しながら電話をかけて理由を聞く。

 

ご想像にお任せいたしますが、衝撃の事実をはじめて知ったワタクシです…

 

なんかテーマ曲が流れてきそうな展開であります、、、

 

 

さて。

今日は、衝撃の事実によって体中の力が抜け、ほぼ何もできなかったわけですが

本を一冊読みました。

『聖母マリア崇拝の謎』

、、、この本をなんで買ったかというと、

「黒いマリア」さまについての記述があったからです。

 

その前に。

わたしがはじめて意識したマリア様は、グアダルーペのマリア様です。

 

記事はこちらでっす!↓

 

そこでわたしはこんなことを書いてました↓

 

ふと、わたしは「グアダルーペのマリア様」に親近感を覚えたのであって、

たぶん、それ以外のマリア様だったら、そうは思われなかっただろうなとおもった。

ヨーロッパのマリア様は、わたしには、少し、まぶしすぎる。

褐色の肌をされておられて、ちょっとものうげで、色づかいも決して透明彩色でない、

そういうマリア様だったから、わたしでも

近寄らせてもらうことが出来たんだな、と思った。

メキシコで出逢うことができたのは、

ほんとうにちゃんと計らいのあった恩寵だったのだと、今日、感じました。

 

そういう思いがあったので、

「白くないマリア様」について知りたい渇望がずっとあったのです。

(今でも、キラキラしたマリア様にはものすごい気後れするワタクシです)

 

そして…はからずもこの本はわたしの「何故!」の渇望を

大きく癒してくれたのです!

 

興味ある人がいるのかわからないけど、

どうしても書いておきたいので、まとめることにしました。

 

前半部分の論述はてきとーに流しながら読んでいると、

ぱたっと「黒いマリアの正体」のページに行き当たりました。

そこは、こんな記述で始まります。

 

「ロカマドール」というまちに、「奇跡の聖母」として有名な木彫りの「黒いマリア」が祀られている。そこを訪れ、黒いマリアと対面した柳宗玄(柳宗悦の息子!)は

「真黒い顔、かんむりゃ衣をつけているが、二つの顔だけがじっとこちらを見下ろしている。美しいというものではない。人の心の奥までを見抜くような凄みのあるその瞳。むしろ醜怪と言うべきかもしれない。ともかく、この世のものを形容する言葉では形容できぬ恐るべきなにかである」

 

黒いマリアへの疑問が膨らんでいったらしい。

 

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ロカマドールのマリア様。この像・・・ものすごい美しいと思う……

 

ラファエロのあの「ふくよかな聖母」とは全く別種の異質の光、

としています。

 

ラファエロのマリアはこちら。

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ぜんっぜん違いますな!

 

古代オリエントの大地母神に行きつくか、

ヨーロッパ先住民のケルト地母神の伝統が尾を引いているのか・・・・

 

柳さんは黒いマリアの不思議に引き込まれ、フランス各地の黒いマリアを丹念に調査していく中で、アカデミックな研究者から見放され曖昧なままにされていた「黒いマリア」に対するある結論の方向に行くのです。

 

黒いマリアは必ずしも異端の女神や不吉な印ばかりとは言い切れない。

それはそもそも「母なる大地」の褐色色からくるのではないか――

 

 

キター!

 

褐色のマリア様! 

そして、「母なる大地の褐色色」という表現のすばらしさ!!!

 

そして。

柳さんの推論から、著者の山形さんはこんなふうに書きます。

 

キリスト教一色にみえるヨーロッパ文化の断層から幾世紀にもわたって押し込められ、封印されてきた異教世界の地母神がようやく顔被りを取り去って黒い姿を現しはじめたということになるだろうか。

黒いマリアはヨーロッパ文化の古層に埋もれるように生き続けてきた異形の女神たちである。それは、ローマ・カトリック教会が遮二無二封じ込めてきた古代オリエントの女神たちではないか。

 

 

さらに、柳さんとは違う視点の、田中仁彦さんの説を紹介してくれているのだけど、

それがまた面白い!

田中さんは、黒マリアの起源を「ケルト地母神」とした。

 

黒いマリアの背後にあるのは、恐らくは、ダナ(Dana)、アナ(Ana)、アニャ(Anu)など、Anの音韻で呼ばれていたケルト地母神ではないか、、、

 

インド・ヨーロッパ語根では

Anは「息をする」を意味していて、そこから

anemos 風

animus 霊

anima 魂

が派生。

聖母マリアの母は「アンナ」といい、ヘブライ語で「神は恵み深い」を意味するらしいのです。

わたしがインドのグルからいただいた名前は

「アンナプルナ」

ですから、これは耳をそばだてました。

プルナ=たくさん

なので、「神はたいへん恵み深い」という名前のワタクシです(たぶん)。

ヤッホー!

 

で。

 

田中さんによりと、ケルト地母神は、正統派教会から徹底的に排除されたらしい。

なぜなら、「父と子と聖霊」の三位一体のドグマ確立のために、断固として地母神進行を打ち砕いたというのだ。

 

黒いマリア信仰は、キリスト教以前にさかのぼる異教の地母神ではり、突き詰めれば古代農耕社会から連綿と受け継がれてきた豊穣と多参の女神崇拝の宗教に他ならない。

 

 ふむふむ。

 

さらに!

もうひとつの説があるらしいのです。

馬杉宗夫さんという人が、柳さんが衝撃を受けたロカマドールを訪れ、ひとつの考察をするのです。

 

これがすごかった!

 

馬杉さんの心に浮かんだのは、ケルト宗教の聖地であり、かつケルトの宗教を支配していた「ドルイド」という聖職者集団の存在だったそうです。

ドルイド」は聖地から聖地に遊行する漂泊者集団で、聖地に宿るアニマ(霊・魂)を崇拝していたんだそうです。

そして、それは

女性の性

と一つの重なる――聖地を一つの宇宙(コスモス)として、樹木や湧き水や巨石の内側に宿る霊力であり、そんな場所に黒いマリアは祀られているんだといいます。

 

なつかしの「カール大帝」は「樹木、巨木、泉」の崇拝を禁止したらしいのです。

しかし、土着の人は黒いマリアに似せて、白いマリアを黒く塗ったのではないかと推察。

なぜ、黒か?

黒は、大地の女神を象徴する色で、女性のセクシャリティの象徴とみなされていたからなんだそうです。

 

そんで、著者は結論します。

黒いマリアの歴史を通して見えてくるのは、父なる神を柱とする男性優位の三位一体キリスト教的価値観とは明白に方向を異にするもう一つのキリスト教である。

それは、第一にオリエントの大地母神でもあれば、ケルト地母神でもあるような、複合性と多様性に満ちたキリスト教であり、

外来性と異教性の痕跡をとどめながら独自の祭祀対象として民衆の生活に浸透し定着していったキリスト教である。

 

自由な性的主体としての宇宙の中心軸であるような、森でもあり泉でもあり、大地でもある女性のセクシュアリティへと続く黒いマリア信仰は、私達になんと大きな贈り物を約束しているだろう。

 

わたしはこれまでもずっと言ってきた通り、自然物にいちばん神様を感じるたちです。

 

でも、それはもう古代から、東西を問わず「信仰そのもの」であって、

黒いマリア様はそういう信仰とともにあったということ以上に、

女性の「性」を、タブーどころか、豊かに肯定してくれている!

 

そんなふうに感じたのです。

そして、ものすごくうれしくなったのです!

 

インドの、古い女神さまの寺院に行ってこられたヨガの先生が

古い女神のご神体は「穴」だった。

と教えてくれました。

これってすごくないですか?

 

神社の鳥居もまた、「穴」の入りぐちです。

参道は産道でもあります。

 

わたしは、たぶん自分のどこかにずっと、

「性」に対する不自由さを抱えて生きてきたのだけれど、

そして、それはある部分

日本の女性の集合的無意識ってやつでもあるんだろうけど、

それを、そろそろちゃんとみて、

解放していくときに来てるんだろうなって思うのです。

 

そして、それを肯定して肯定して、肯定しつくしたい。

そんなふうに思います。 

 

日本のかみさまに会いに行って、わたしはたくさんの「鳥居」をくぐり、

母の胎内に入ってきました。

山自体がご神体とされる三輪山にいたっては、たくさんのかみさまに会いました。

 

これからどんな激動がこようとも!

流れに身を任せて、神さまとともに、すすみたいと思います。

 

以上、長くなりましたが、本日の決意とご報告でした!

 

読んでくださり、ありがとうございます。 

 

つづく!!

 

 

かんわきゅうだい・最近のこと

みなさまこんばんは!

 

本日はヨーガに参戦。

色んな人にいろんな角度からいろんなアドバイスを貰う日でした。

その幾つかは自分にとってはかなり大きい問題を含む示唆でした。

 

今、わたしすごい転換点なのです。

身体が変わってきてるので、それが自分なりに、よく分るのです。

どこにどう転換するのか・・・・は、よくわからないのですが、、、ね ^^;

 

終わり際に、ある方にこんな指摘をいただきました。

 

「akikoさんは、第一チャクラと第二チャクラを使っちゃいけないと思ってませんか?」

 

思い当たる節がありまくりのような気がして

これはたぶん、掘って掘って掘ってみると

いろいろ変化が起こるかなと思いました。

 

第一チャクラはルートチャクラ、生命力の根幹。

第二チャクラはせくしゃりてぃーにも関係している。

 

実は「あんたは生命力が弱い」と言われ続けているワタクシなんであります。

更には本日は「色気を巧妙に隠して(ついにわからなくなって)いる気がする」

と言われたワタクシなんであります。

 

ここらがちゃんと回転しはじめた暁には!

生命力に満ち溢れたセクシーな女性になってることは

まず間違いないな(´艸`*)ウフフ

 

 

いずれにしても、今は、

肚!

地!

足元を強く!

(だが、ガニマタたにならないように!)

 

というガテン系方向に向かうべきして向かっている私ですが、

アドバイスのことはいつでも考えていようと思いました。

 

 

エゴなく、見たまま、鋭い直感でもってものを言ってくれる人って、ほんとに貴重。

 

 

さて。

そんなわたくしが今取り掛かっている本はこちら!

 

 

 

ジャン!!

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面白そうでしょう?

 

それにしてもなんで、検定試験の教科書を買ったのかは

未だに謎・・・・

 

また、面白かったものは報告します!

 

あ、あと、こんな本を作りました。薄くて読みやすい、宇宙と科学の本です。

わたしは、植原先生から聞いてたことが、ほんとにほんとだったんだなーと

この本で確認しました。

 

https://www.amazon.co.jp/宇宙経済学%EF%BC%88-M-入門-現在と未来を貫く「いのちの原理」-所源亮/dp/4885032482

 

よかったら 手に取ってみてください。15日から書店店頭に並びます。

 

それでは、また。

あっこさん、日本のかみさまに会いに行く~の巻 その②

みなさまこんばんは。

 

今日は、自分の身体がかなり緩んでいることを

「通常モード」に戻ったことで思い知りました。

 

いつも、連休は何泊かルン・ルに行き、最終日に緩みすぎて電車の網棚に全て忘れて帰る、のようなことをする私なのですが、今年は1日だけ高崎に出掛けた。

私が意を決して(苦手な)よくは知らない人々との集団行動に打って出るこの合宿はかなりすさまじいのよ……。

 

初めて行った年は、左胸の奥の「ロック」がコキっという音とともに外れると同時に、顔の歪みが治った(先生に指摘されて気づいた)。

更に身体が重怠すぎて1Fに降りる階段を手すり伝いにぜえぜえ言いながら降りる私。(それを横目でチラっとだけ先生は見ていた)。

 

 

今年はあいさつに行くと、眼が涙目でなんだか先生の様子がいつもと違う。

「どうしたんですか?」

と聞くと

「うん、今ね、すごい身体の浄化が起こっててさ。

胸から塊は出るし、目やにはでるしさ、声だってすごい変わるし…。

でも、昨日はほんとに史上最高のルンルだったんだー」

と、なんともあの先生がたよりなく笑いながら言う。

ちょっと心配になってしまった。

 

が。

蓋を開けてびっくりした。

 

先生の響きが素人の私にも解るくらい変わってた。

静かで何の波も揺さぶることなく伝わってくるような

魂の奥まで入って来る「響き」に触れて、

なんてありがたい(としかいいようがない!)ことなんだろう・・・と震えた

(次の瞬間はもう死人レベルの眠りに落ちた)。

 

不思議な夢を見た。

 

布団が足だけめくられて、

黒いバレエシューズをだれかが私の足にはめるのです。


その後、額がふわっとひろがった気がした瞬間「終わり」の合図。

 

一昨日頭がんがんしてたのは、

このルンルに出たせいなのかなあ・・・・・(-_-)zz

 

 

            ***

 

さて。

 

旅のお話です。

 

 

クリシュナカードを引いた私。

これから、日本の神々にまみえようとするのに、あの「ドヤ顔」です。

 

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今までもクリシュナ神には数々のいたずらをされている私ですが、

これもクリシュナ神の「イケイケ感」がほんとによく出てるなーと

思います。

 

神様ってほんとに、個性豊かすぎるほど、豊かなんだと思う。

 

そうして、このカードのキーワードにはこうあった。

 

「共振 Resonance」

 

ふふーん、

なかなかいいキーワードじゃないですか。

 

 

そのあと、わたしは目的の一冊の本を買いました。

 

そう!

これを読まなくっちゃ!!

 

 

https://www.amazon.co.jp/古事記-増補新版-梅原-猛/dp/4054064752/ref=pd_lpo_sbs_14_t_1?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=S98APW8YZ3Q073CZDR45

 

この本を手にして、さらに盛り上がるワタクシ。

 

 

さて、

そうこうしているうちに、K氏から一通のメールが届きます。

 

 

表題


「奈良~伊勢巡礼!」

 

 

あれ?伊勢?

 

私、伊勢に行くんだっけ?

 

ん?

いやいや違うよね、天河神社でしょう?

伊勢ってそもそも何県だっけ? 

 

 

文面を見ると

「行きの新幹線で『るるぶ 伊勢』を買って読んで行かれるといいと思います」

とある。

 

うーむ。

 

わたしの反骨精神がむずむずとうずくけれども、

あちらは神様専門家であって、

とても太刀打ちできなことが解っているワタクシ。

 

こうなったらもう仕方ない、取り合えずどこかで「るるぶ」を買ってみるか…

と思いました。

 

 

家に帰り、いそいそと支度をし、点検をし(私出張に行くんだと思い直す)

 

だいたい揃ったかなと思って外に出る。

 

屋上によじ登る (いつも通り)。

 

寒いんだかちょうどいいんだかわからない夜空が広がっている。

 

 

 

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月をみるといつもクリシュナ神を思いだすんだよ、

というヴァイシュナヴァのババ教えをいつも思い出しては

 

わたしはいつもまん丸の月をみると、クリシュナを思うのだけど、

この日も、風がつよかったけど、赤く光った月が出ていて、

 

行ってきます―!

 

と挨拶をした。

 

 

すると・・・・

 

 

あれ!?

 

身体がなんか変だ!

 

なんだかよくわからない

 

 

 

感情の塊!!

 

 

 

としかいいようのないものが、

胸の下のほうから湧き上がって来るではないか!

 

 

 

びっくりした!

 

 

いやー、びっくりしたんです、自分で。

 

 

 

感情の塊はもうあふれ出してきて

目からは涙が流れ出るわ、口からは嗚咽が出てくるわ、体は熱くなるわ、、、、

 

まるで意図しない展開に自分でよくわかならくなる私。

 

 

久々の旅でナーバスになってるんだろうか?

いやいやたかが三泊四日。

たかが日本国内。

しかも、今回の旅はナビゲーターまでいるんだから安心な旅なのだ。

 

それなのに、わたしは屋上によじ登って膝をかかえて

わんわんと泣いているのです。

 

 

いったいこれは何だろう?

 

 

感情から一歩引いている自分はそんなふうに不思議がってる。

ぼんやりと「あーあ、明日目が腫れてないといいんだけど・・・」

と思っている。

 同時に、湧き出てくるのをそのままにしていたい!と思ってる自分もいる。

 

自己憐憫

過去の感傷?

うーん、そうでもない気がする。

 

なんとなく、 

お腹の中に未消化の気持ちが表出できずに固まってたのが

クリシュナの魔法?で突然持ち上がってきて

口や目から飛び出してきちゃった、のような体感だった。

あるいは、何か乗り移ってきたみたいに。

こんなふうに泣いたのはいつぶりだったか。


最初から最後まで自分で驚いていたのです。

 

 

 

それにしても!

 

「泣く」にはほんっとに体力が要る。赤ちゃんはすごい。

 

充分泣いた私は誰にも見つからないように部屋に引き返し、

目覚まし時計をかけ、

 

布団にもぐりこんで

泥のように眠ったのでした。

 

 

つづく!!