日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

動き出す私、凪いでいる心

日々いろんな問題が起きる。

 

またもや、アイヌ関係でいろいろなことが勃発。

 

誤解が誤解を呼び

罵られるワタクシ。

電話口で吐き捨てられる言葉。

裏切られた歴史が呼ぶ疑心暗鬼。

電話の向こうでうずまく感情の波。

 

よかれと思ってやったことが

裏目に出る事態がかなり起きる最近でありました。。

 

それを紐解いていくと

「あ!ここだ、ここの扱いを間違った」

のようなことが見えてくるのだけれども

それはそれとして……

 

どうにも。

わたしの日々は自分でもおかしいくらい至福に満ちている。

 

もちろん、心がわさわさしたり

どんよりするはするんだけれども

いったんそれから離れたら、常に心の中は凪ぎ。

 

おかしい。

 

こんなことは初めてだ。

 

以前こんなことを書いたのだけれど


 

このときに感じた「平安」がいい感じに持続をしている。

 

これを幸せと呼ぶのかもしれないな。

あるきながらふとそんなことを思った。

 

社会的なものはなんにも持って無い私だけども。

 

これが幸せじゃなくてなんだろう?

 

不安になる必要がどこにあるだろう?

 今この瞬間幸せだから「今」は「安心」していい。

 その今、今、今、が続いたらずっと幸せだ。

そんなことを思う。

 

 

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 完全に安心しきって寝るワンコの子。

 

 

……そして。

 

やっぱり、和平先生の個人セッションは凄かった。

 

そう感じます。

 

「何が凄い」っていう事もできないし

自分がべらべらしゃべりすぎて終わったような時間だと思っていたけれども

それも全部、そうなるように決められていたことなんだと思う。

 

「今、ここでおれの前に座ってることも全部みこころだから」

と先生はおっしゃった。

 

全てがなるべくして起きる物事である。

その感が、個人面談後に

日々日々、大きくなって感知されている気がする。

 

そして個人面談の翌日は

月に一度やっている

横浜の生体ハウスの勉強会に出た私。

 

 かねがねずっと知りたかった、

樹木と自然と生命のしくみがまた一個紐解かれて

めちゃくちゃ面白かった。

 

ここでわたしが知りたいのは、

スピリチュアルではなくて、純粋な科学であり物理であり理解だ。

直感に対する根拠が欲しい。

頭での理解もしたいんだ。

 

高校の時、まるで適性のなかった理数科に進んでしまい

化学も物理も生物もやって死にそうになったけれども

おかげで、言われていることがよくわかるんだ。

 

 ホラ、無駄なことなんか、一個も無かったじゃないか。

そんなことをつぶやいてみる。 

 

翌々日は、隣町高円寺のシヴァナンダヨガセンターで

急きょ インド人の先生がトランジットで日本に急きょ寄るとかで企画された

ヴェーダーンタのクラスがあることを1日前に知って

意を決してそれに参加。

 

いちばん後ろに陣取る私。

すると、なんと、前の会社を辞めてから再開したこの記事の方が

 一番前に陣取っておられた!

Think out of the Box その1 - 日月日誌 hitsuki nisshi

 

びっくりしました。 

その方は1個まで帰られましたが、先生といろいろと話し込んでおられました。

 

朝10時半から夜21時半までみっちり

 まだ若い先生だったけれども

すばらしく内容が濃かったし、ユーモアに満ちあふれてて楽しかった。

質問にもちゃんと答えてくれるし。

 

更にはなんなら、スカイプで講義するよ、情熱が一番大事だから

というではないか。

 

 

インドから帰国して、サンスクリット語に対する情熱が渦巻き始めた私。

 

 サンスクリットを正確に発音できるようになりたい。

なんなら経典を読めるようになりたい。

 

実は、魂の兄(今生は女性)が語学の達人なので

すでにサンスクリット語を取得しはじめている!

ということで、兄に相談していた矢先の出来事だったので、

飛びついた私であります。

 

私「サンスクリットも教えてもらえますか?」

先生「さっきいたお友達もシリアスだったから、スカイプでやりましょう。

ほんとは5人くらいいるのがベストだけど、シリアスであるかどうかが

一番大事だから、あなたたち二人だけでもいいよ。やるよ」

 

 とのこと。

 

これからどうなっていくのでしょうか?

 

たのしみですね。

 

さて、これから、アルバイトの面接でございます!

行ってまいります!

 

宇宙バンクと探求とマーヤー

知りたいことがあふれ出てきて

とてもじゃないけど、時間が足りない。

もっと早く、できれば小学校位から着手したかった色々。

 

とにかく自分で納得しないことには気が済まないたちなので

ノロノロとですが、進んでいます。

 

(意外にもこの結果通りです、ほんとに…↓)


 

兎に角。

 

学ぶことだけにはお金をかけたい。

身銭を切る以外にどうやって身に付くのだろうか。

 

身銭を切らずして棚から牡丹餅を待つのは

すごくやだなと思ってしまう。

 

それに純粋にまなびたく思えば思うほど、

絶好の機会と相応の費用が、どういうわけか、

不思議とちゃんと過不足なく(ほんとに±0で…)ねん出されてきた。

 宇宙にはちゃんと、ミラクルな奨学金バンクがある気がする。

まぁ、も少し過剰気味にくれてもいいけどね…( ;∀;)

 

東京に出てきてほんとうにほんとうに良かった!

と思えるのは

電車を乗りさえすれば、「この人世界一」と思える人に

数十分すれば会えるということで

こんなありがたいことってあるだろうか?

 

東京に来て、ちょうど人生の半分。

 

東京に来てほんとによかったなと思っている自分がいる。

 

それは「人との出会い」に対する感謝にほかならなくて、

それがなければさっさとトンズラしていただろうなとも思う。

 

   ☆☆☆

 

 

先日、はじめて和平先生の個人面談にいってきた。

しかも、我らが西川口!から徒歩20分の場所という…

この地元感。

 

「月に2回ほど、来てるんですよ。ヨガの先生のところに。

駅前のシヴァジってところでご飯食べたりとか…」

っていったらびっくりされていた。

 

わたしには、いつも書くように

幾つも縁のある神様に個別にジャパしたり

お祈りしたりするんだけれども

いつも思うのは、それら個々を通して、

それらをぜんぶひっくるめた

無形の神

をどこかで意識している。

 

個性もなく、

始まりも終わりもなく、

善も悪もなく、

有無を超え、遍満する、無形の神様。

つかみどころがないようで、絶対的な神。

それを個々の神々の背後に感じてる。

 

そんなことを聞いたら、

「現時点ではそれでいい」

と言われた。

 

「現時点では」

ということは、それよりも先があるということだ。

 

それはまったく想像もつかない。

 

先生は、

アヴィッディヤ(個人的無知)のことも宇宙的無知のことも

全部ひっくるめて「マーヤー」と呼んでいる。

 

マーヤー自体はこの世界を動かしていくのに必要なんだけれども

それは、無知に他ならない。

それで、先生はとにかくマーヤーを排除していくことをすすめるのだけれども

なんとなく、わたしはこの「マーヤ解き」が緻密にできないことが

ずっとひっかかっていたので、

そんなことも聞いた。

すると、ちょっとの沈黙の後で 

「今akikoさんには、マーヤーらしいマーヤーがが無いんだよ。

それよりもむしろ、インドに呼ばれたりとか、(神様の)御心を感じて

それに沿って動いているということのほうが主なんだと思う。

あるのは過去の大きなマーヤーだけで、

それは、恩寵によってのみ解けるものだから。」

ということだった。

「それは自分でするマーヤー解きとは違うものなんですか?」

ときいたら、

指をパチンとならしてにっこり笑って

「一瞬でバーン!だから」

とおっしゃった。

 

なんだか、自分がしゃべりすぎてしまった感があったけれども

幾つかの大事なことと、自分がいまどういう場所にいるのかということを

言葉の中からみつけられたように思えた。

 

そして不思議なことに、時間が経つごとに、

染みがひろがるみたいに何かわかってくるものがある。

 

とんでもなく寒い日だったけれども、

2019年のはじめにそういう時間が与えられて

ほんとにありがたかったなと思いました。

 

なんとなく、今年はフルスピードで行く予感がしてます!がんばるぞ!

 

なんと!うちの屋上からは富士山が見えたのでした!

4年経って初めて知ったの!↓

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新年あけて、通常営業です❤

みなさま、ごきげんよう!ご無沙汰しています。

 

あけましておめでとうございました。

 

さっそく、最近の出来事こんなんです!

 

私のフェイスブックの元旦のコメント欄が

〇〇 Kumar(メープ(仮)の姓)で占められる事態。

 

そういえば、この度でふと知り合った現地人で

妙にいろいろ気にしてくれた家族や電車でむかいに座ったおじさんの姓が

全員Kumarだったんです・・・

 

そして割とみんなコメントのテンションが高めなので、

日本人はだれもコメント差し控えるという事態が発生しています。

もはや自分でウケています、、、

わたしはインドの過去生 Annapurna Kumar だったんでしょうかね。 

フェイスブックの名前変えようかな・・・

 

こんなことが書きたいんじゃなかった!

 

最近は年始からもっぱら気にかかることが気にかかって

どうにも身が入らないものの

 

実家に戻り、姪っ子に会い、姪っ子を追いかけたおし(仲いいです)

いったい正月にいくら稼いでるんだと問い詰めながらお年玉を渡し、

兄の奥さんから「あっこちゃんは何か宗教に入ってるのかしら疑惑」

をかけられていることを知り(道理でメールに対するリアクションが小さい訳)

母と父に自分の信仰に対する考えをあますところなく吐露し、

将来に対する展望を述べてきた。

 

わたしは仏陀もキリストもマリアもサラスヴァティも弁財天も

シヴァ神だってクリシュナ神だってお祈りする!

皇居の勤労奉仕だって行くし、教会でミサに出たりするし、

隣町の浄土宗の寺で念仏唱えたりするし、

木にも話しかけるし、石のかけらだって拝む。

ふんどし一丁の聖者の山にもいくし、

抱きしめる聖者の道場にだって泊まり込む!

 

どうだ!

このような注意散漫、浮気しまくりの節操無しが

新興宗教やカルトやどっかのグルなんやかんやに

のめりこんでいる一途な人間に見えるか!

更に、わたしがそのような団体に差し出す金がどこにある!

といったら、なんだかわりと納得していた。

 

しかしその後、それでも些細なことからちょっとした

齟齬の生まれる我々親子。

こればっかりは仕方がないが、わたしの生活部分を心配しているのはよく解るので

そのあたりをしっかりしていかないといけないと思っている次第です。

 

ポジションとして定職なしの私でしたが

〇〇保険が私の初留学を全面的にサポートをしてくれたので

(ほんとにありがたかったです)

また頑張って働こうと思ってます。

 

「仕事はなんだってあるから。なんでもいいと思ってない自分がいるだけだから」

とは、W先生の言葉。

 

この度は、O津けアシュラム化計画について熱弁をふるってきました。

やけくそです!

とにかく宣言してきたんですね。

形にできるかわからないけど、うすぼんやりとしたイメージがあって。

それには、人間の気持ちも一緒に形作っていかないといけないし、

そこがいちばんむずかしいところですね。

 

でも、自分がそれに見合うようにならなければ物事は動かないと思うので

意外にもコツコツ派なわたしはコツコツやろうと思っている次第です。

 

 

さて。

本日、残すところわずかとなった本の仕事の関係者と電話で話しました。

わたしが訪ねたアイヌのおばあさんが亡くなったのですが

その娘さんと話をしていると、

「ほんとうに、あのときakikoさんが、ベッドにまたがって

かあさんの背中や腕をさすってくれた姿が目にやきついてます」

と言って涙声で感謝される。

 

実際わたしは、自分のあまりの無力さ(アイヌの文化も知らなければ

初めて来たどこの馬の骨か分からない編集者という目でみられる苦痛)に耐えかねて

とにかく、身体を触ればわかってもらえる!と思い、

皮しかないような細くなった身体を揉みます!と言ってベッドにまたがったのでした。

 

そのとき、おばあさんは

「あぁ、あぁ、気持ちいいなぁ。人の手っていうのはね、ほんとうに

あったかいもんだ」

とほんとうに喜んでくれたので、すこしだけほっとしたのです。

そんなわたしの打算もしらずに感謝されるので、

ちょっと泣きそうになりました。

 

と同時に、ちゃんとこの本を形にしてここの仕事を終えよう、と

思ったのです。

 

そして、新年あけて早々、職探しも開始します。

1年を超えた「身体の会」もすこしずつ内容を改良しつづながら、

すこしずつ輪を拡大しながら、

自分にも人にも心地よく、続けていきたいです。

 

いろいろと、大事なものを大事にしながら

今年もいろいろと経験するために、失敗をかさねながら

猪突猛進(年女!)していく所存です!!

 

昨年のハイライト。

気持ちよくなっちゃってる私の図 ↓ 聖歌うたうのが最高に好きでした。

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情に流されやすさは、私の弱さであった。

帰国してから1週間不調がつづいたけれども

1週間したとたんにすっかり元気になった。

 

不調があったために、冷静に観察できていなかったものの、

自分の身体感覚及び、自分について思うことが、

なんだか、ほんとうに

ガラリと変わってしまった。

 

とにかく、様々なことが

どうでもよくなった。

 

自分の不得手、自分に欠けていること、自分の将来、自分の過去、自分の愚かさ、

おおよそ、自分について

カクカクシカジカであったほうがいい、

そうありたい、

そうでなければならない、

のようなことへの執着がなくなった。

 

霊的に向上したい、神様とより深く、より強く繋がりたい

という気持ちは更にさらにましているけれども

だからといって、自分の欠陥をなんとかしようとか

そういうことは必要なく思える。

 

そういうことをやるまえに、

すこしでも、一人の時間をつくり、自分に嘘をつかずに、

祈る時間、神を思う時間、身体を整える時間をもつことだ。

 

それが積み重なった時にはじめて、

それは外側に溢れてくるだろう。

それまでは、軽んじられようが、うまくいかなかろうが、

どうだっていいのではないか。

 

ごまかせないのは、神と自分だけだ。

 

 

さらに言えば、どーでもよさは

どうやら他人との距離を縮めることに繋がっているらしいのだ。

 

自分がどうでもいいので、他人から隔たる必要があまりない、

ということなのかもしれない。

(いや、そりゃあ、あんまり近づきたくないひとはまだまだたくさんいますよ)

 

 

それから、今日ふとしたときに

言葉となって自分の中にこだましたことがある。

それは、

「私の情に流されやすさは、私の弱さであった」

というものです。

 

あんまり説明するようなことではないかもしれないけれども、

情に流されていては、ここから先には行けないな、ということがわかった。

 

去る者は追わない。

 

来るものはだいたいは受け入れるがたまには拒む。

 

他者に影響を与えようなんて、これっぽっちも思わないことだ。

 

いつも踊りの先生が、

「(人を)切るということは、同時に切られる、ってことだからね。

親は裏切っても、他人は裏切っちゃいけない」

と事あるごとにくりかえしていて、

わたしのなかにうえつけられた恐怖感がずっとあったのだけど、

 

それも消失した。

 

この世に会って「別れ」っていうのは、これはもう、仕方のないことなんだ。

 

得るものがあれば、失うものが在る。

 

得るものを損得で考えてはならない。

 

失うことを怖がってはいけない。

 

どんどん失い、どんどん得よう、そしてまたどんどん失うのだ。

 

死ぬときには、何一つ物質的なものなど持って行けないんだから。

 

死ぬときに持って行けるのはたったひとつ、この肉体で得た経験だけなんだから。

 

本日はこういう気分です↓ 

(超ひさびさにカラオケに行ったからでしょうか。)

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逆向きに辿る旅その② ラマナと精霊とグル。

「次の記事は明日書く」のようなことをいっていたのに

どうにもこうにも体調が上がったり下がったりで

 

なにも手に着かないメリークリスマス。

 

クリスマス当日はヨガの日だったので、

なんとか行きたいと思い、家で、1時間ほどゆっくりアサナをすると

身体がこなれてきて、電車に乗れるな…という感じになりました。

 

遅刻したけど、行って良かったヨガ。

自分ではぜんぜんわからないのですが

だいぶ変わったねとみなに言われました。

そして…大人になったね!と言われました!

なんか嬉しかったです…笑

 

さらに、グラウンディングができるようになってきている

と先生にいわれたのが非常に嬉しかった!

そしてなんと、ブログにこう書いてくださいました。

>特に大地のエネルギーを吸い上げる力が各段に上がった
https://ameblo.jp/ganeshagiri/entry-12428430973.html

 

これ、私にとってはものすごいことなんです、

というのも、いつも、エネルギーが上にばかりいっていることがネックだったからです。

 

今回の旅は、前回2回とまったく異なり

地を這うような旅であったことも関係しているでしょうか?

ヨガを毎日毎日やりまくっていたからでもあるでしょうか。

それから、なんとなく、シヴァ神のお陰であるような気もしてます。

 

帰ってきてすぐ会った友人も

いつもインドから帰ると、ふわーってなってたけど、

今回全然ないね!いい意味で!

のようなことを言ってたけど、

ほんとに、なんか今回は帰国後の高揚感0なのが不思議です。

 

が、しかし、 


そんな地を這う旅のいちばんのハイライトはやはり、ここです。

サットグル・ラマナ。

生前教えを説いていた椅子の前ですわっていたときに

静かに静かにぐわーっと「ラマナに会っている感」が感知されたこの 場所。

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 暇さえあればここで瞑想してました。

 

この度の一番の収穫は、瞑想する精神力がついたことだとおもってます。

そしてそれは、ヨガのアシュラムでの日課に加え、ラマナの恩寵でした。

 

詳しくはこちら。


 

そして…

16時のお茶タイムのときに、

オランダ人の可愛い女の人と話し込んで、

食堂からでるのが一番遅くなってしまった私。

ふと振り返ると、ものすごいいい雰囲気だったので、写真を撮ったのですが。。。

 

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すさまじいオーブ!

 

美しいですね…

この食堂は旧食堂で、実際にラマナがみんなと食事してたところなんです。

すごい雰囲気がいいんですが、

生まれて初めて自分の写真にオーブが映りました。

再生してみたとき、「あれ?よごれ?え??いやいやいや、これオーブだわ!」

ってなったときの感動。

 

その翌日。

 

朝瞑想ルームに向かう夜明け頃の街路を何気なくパシャリ。

 

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オーブめっちゃ映っとるやん!

 

ラマナシュラム凄し。

 

入り口付近にある木をパシャリ。

 

 

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超オーブ!

 

ここでは精霊たちが大活躍しているようでした。

何枚もとったけど、どれにも映ってましたが、

後にも先にも、この旅でオーブが映ったの、ここだけでした。

 

ラマナの前にすわっていると

ラマナ・サットグルという歌があたまにこだましてくる。

 

ラマナとの問答を収めた本のなかで、弟子がこんな質問をします。

ラマナのこたえははぐらかしてるわけじゃなくて、

そうしか答えられない中での最短のこたえに思えます。

 

Deshi「バガバーン(ラマナの事)は私のグルでしょうか?」

Ramana「グルでないと誰がいったかね。」

D「バガバーンは自分にはひとりの弟子もいないといいましたね?」

R「そうだよ」

D「そしてあなたは、解放(解脱)を得るためにはグルは絶対に必要だという」

R「そうだよ」

 

D「じゃぁ一体わたしはどうしたらいいんでしょうか?あなたのまえに何年もこうして座っているのはただの時間の無駄でしょうか?誰かほかのグルを探しに行くべきなんでしょうか」

 

R「なにがあなたをここまで連れてきて、こうして長い年月ここに座らせていたか、考えたことはあるのかね?

そして、それを、どうして疑うのかい?

どこかほかにグルを探しに行く必要があれば、君はとっくにそうしていたはずだ。

グルというのは、自分自身と他を違うものだとは思わないんだ。

彼にとってすべてがジュニャーニーだ。すべてが自分と同じであるのに、どうしてジュニャーニー(グル)が「これとこれは弟子だ」などと言えるのだろうか。

解脱していない人に限って、すべてを自分と異なるものだととらえる、そして、グルと弟子の関係が現実であるとのたまう。」

 

D「そうしたら、バガバーンは、弟子を持っていると?」

 

R「だーかーら!!バガバーンの視点から見たら、弟子なんていないの!

ただ、弟子の視点からみると、グルの恩寵というのは大海のようなものなの!

大海に「ケチ!」っていう人います?

大きい器を持っていれば持っているほど、その人は多くを運べるの。

つまり!器の大きさはアンタ次第ってことだよ!」(意訳)

 

D「あなたのグルは誰でしょうか」

 

R「君はグルは肉体を持った人だと思っているのかね」

 

D「わたしは肉体を持ったグルが欲しいのです!」

 

R「わたしたちの存在は永遠であるのに、どうしてそこで、目に見えるものだけをグルだと思うのですか」

 

・・・・グルは肉体を持つもたないには縛られないことを

痛感した旅程最後のラマナシュラムでした。

 

おまけ

断食明けにカーテンをあけたら

ひょっこり顔を出したこのお方・・・・

 

 

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クージャークー!

受けました。

 

それから毎日朝の挨拶をしてくれるようになりました。

(わたしがお菓子あげたからだけどさ。。。)

 

 

 

 

逆向きに辿る旅その① 行者と祝福。

ようやく身体がこちらに慣れてきました。

 

昨日久々しぶりに和平先生の会に出席し

紅いショールを羽織っていたところ、先生に

ネパール人かインド人にしか見えない・・・

チベットっぽくも見える(紅いショールなので)・・・

といわれました。

 

まだインドがなごってるのかと思われます。

 

そして終了後に、あまり話したことのない方々複数から

すごいなんか変わったね

エネルギーが全然違いますね

性格変わりましたね

なんか、内向きでしたけど、明るくなりましたね

 

といわれました。

 

内向きで暗いと思われてたんかい・・・

まぁ、確かに…そうですけど、、、ひそかにちょっと受けました。

 

 さて。

携帯がぶち壊れて一切の写真をアップできなかったので

すこし紹介していきたいと思ってます。

 

逆向きに進む旅、その①は、インパクトあるこの方々です。

来た、シヴァの祝福!

 

3日間の強制断食(熱による)を終え、

たいへんなすがすがしさとともに入ったアルナーチャレーシュワリ寺院で出逢った

神様みたいな女の子ラージュ(仮)がこちら。

 

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かわいい!

 

お話詳細はこちら。

この子に出会う前に、遠巻きから観察していたシヴァ系行者。

黒い衣装の方々は、巡礼者です。行者から祝福を貰っている様子。

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ラージュによって強制的に行者のところにつれていかれ、おののきながら

ラージュのチョコチップクッキーとひきかえに祝福をもらった私。

 

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ぬおー!日本人ははじめてだったらしく、めずらしがる行者。

そして、毎日

「シュワシュワと1000回となえてください」

とおっしゃる。

 

シュワシュワ?

・・・しゅわしゅわ?

 

・・・・・おお!シヴァシヴァ!!シヴァね!わかりました。

という流れになりました、、、。

 

 

おそろいのルドラークシャビーズを胸に下げてるのみえますか?

行者がつけてくれました。

兄さんのリシが撮ってくれましたが、我々実は似てる?

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しっかりもののお兄さん、リシ

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オーロビンドアシュラムから来たという家族。

ありがとう、ラージュ。

君のお陰で寺の中をくまなく走り回りました・・・・。

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明日は、この旅でもっとも大きな印象とインパクトを与えてくれた

この方のアシュラムのことをかきます。

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・・・ちなみに、3日の強制断食明けのワタクシ↓。頬がこけてげっそり・・・(-_-;)

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インドより、帰国の苦しみ。

インドより無事に帰国いたしまして数日。

 

直後、近くのコインランドリーまで乾燥機賭けに行く元気はつらつだったのに

それから徐々に急降下する体調。

 

翌日、魂の兄にあったりお土産をわたしたり、

ハローワークへでかけた直後あたりから

身体がやばくなってくる私。

 

またかい!

 

またなのかい!!

 

この一か月半に私、どんだけ体調くずしとんねん!!!

 

もーいや!もーいやだーー!

 

それも原因不明の超スーパード級の気持ち悪さ。

吐き気は在るものの吐けない。

熱っぽさはあるものの、熱がカーっと出るわけでもない。

頭痛はあるものの、鈍さがずーっと続く。

 

全て半殺し。

 

もういっそ殺してくれー!とわたしの中心が叫ぶこの2日間。

 

やっとさっきコンビニまで歩くことが出来て

ポカリと甘くて柔らかいものとうどんを買ってきました。

 

喉が渇いて渇いてしかたがないのです。

 

せっかく!

せっかく!

 

超やる気まんまん瞳らんらんで帰って来たのに!!

 

さて、これからどうなるのでしょうか。

 

誰か、何とかしてくれー!

わたしを生かしてくれー!

あるいはいっそのこと殺してくれー!!

 

クリスマスを前にわたしの運命やいかに。