日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

近状報告その2。ハッピーについて。

こんにちは!!

 

元気が貯まってきました!なんて記事をアップしたのに、

急降下で谷底に撃沈し、

発熱、嘔吐、悪寒、関節痛、その他もろもろの症状に見舞われ

 

 

それがほんとうに

 

 

全然治らない。

 

 

つらい。かなりつらい。

今週はワークショップもあるのに・・・・

 

 

理由を考える。

 

 

理由がビンゴだと、それだけで軽くなる場合があるのだけど、、、

 

・・・あれ?

 

 

うーんやばい。これはやばい。

ということに思い当たりました。

思い当たっても軽くならないヤツかもしれない、、、。

 

この辺はまた折を見てかけたら書こうかなとおもいます^^;

 

あまりにつらいので、横浜にある、生体活性化ハウスに逃げ込んで、

二泊しても頭痛は残った。

三泊すると生命力が戻る」という言葉に従い

三泊辛抱して泊まったらにきれいさっぱり消えました。

ほんとに 助かりました。

三泊目はカード払いでしたけど( ;∀;)

 

さて。

途中まで書いて、頭痛のために息絶えていた、’夏思い出’をアップしようとおもいます!

 

              ☆☆☆

 

 

 

8月末近づいたある日わたしははたと気づいた。

 

 

夏だってのに、夏休みらしい何かをひとつもしてない・・・

 

 

そして、こう思った。

 

 

そうだ、海に行こう!

 

 

何ていい考えなんだろう!

 

 

ここ何年も、純粋に海に行きたいなんて思ったことがなかった。

いつも夏は超絶忙しかった。

 

 

日帰りで行ってこれる最高の海といえば

伊豆しかなかろう。

 

そこで、PCを開き、

 

『伊豆 海 穴場 人が少ない』

 

というようなキーワードとともに調べたところ・・・

出てきたところがココ。

 

本当は教えたくない!伊豆の穴場ビーチ3選

 

九十浜というマイナーな海岸。

調べるほどにその美しさが、ちっちゃいながら沖縄的なものを彷彿とさせて

わたしの心に迫って来た。

 

実は沖縄に行くと、わたしは、

米軍基地とか、御嶽とか、辺野古とか、戦争とか、霊魂とか

いろんなことに気を取られてしまい

純粋に楽しめないというやっかいな性分であるのだけれども

ここではたぶん、そういう重いものがないのだから

純粋に海をたのしめそうだな、と思った。

(めんどくさい性格だ)

 

思い立ったが吉日!

 

明日さっそくささっと行ってこよう!!

と思ったけれど

その「気軽さ」はもう充分に味わってきたのだから

今夏は、誰かと行った方が楽しそうだなーと思って

友人何人かに声をかけた。

すぐに返事をくれたY氏の希望日が31日だったので、その日に決定した。

 

しかしY氏は男性である。

 

ほかに行きたい人はいないのだろうか?と思っているうちに

計画通りに進まない夏を過ごしていた

藤山家のことがあたまに浮かんだ。

 

いやしかし、家族水入らずですごしている夏の終わりに

「海行きます?」なんて聞いてもいいのだろうか?

断るのも面倒だったりするのではなかろうか??

わりかし勇気いるな・・・断られてもへこまないようにしよう・・・

などと考えつつ、遠慮がちにお誘いメールをしてみた。

 

すると・・・

ソッコーで「行く!」というテンション高めでの返事を

ゆっきぃさんがくださった。

 

勇気をだして言ってみるもんですね!

 

さらに、藤山家参加をうけて、友人Mが参戦を決意。

 さらに

日程決定に重要な役割を果たしたY氏が怖気づき(笑 予定があったらしい)

結局

私+藤山家のみなさま(ゆっきぃさん・亮一さん・そしてそらちゃん)+友人M

という素晴らしいメンバーで行けることになった。

(もちろんY氏にも来てほしかった)

 

 

しかも、ゆっきぃさんの提案により、

安くてしかも結果すばらしくリラックスできる貸しロッジにて一泊することになりました。

しかも、車でピックアップしてくれ、ごはんまで作ってくれたのですよ。

 

お泊りで海。

 

何年ぶりでしょうか?

 

 

そしてさらに

この小旅行はもれなく「そらちゃん付き」だったのであります。

 

そらちゃん( *´艸`) ↓

f:id:akikologue:20180831122336j:plain

海へ向かう道での見返り美人

 

そして、

友人Mがとってくれた超絶すてきな雨宿りの写真。

f:id:akikologue:20180901092035j:plain

そらちゃんとおしゃべりはめちゃくちゃ楽しい。

 

 

そしてその一部始終は

ゆっきぃさんがブログにすばらしくアップしてくださったので、

そちらを読んで頂ければ十分かと思う。


 

海はこぢんまりとしていて

人は少なく

遠浅で透明でさかながキラキラ群れていて

天気は良く

要するに最高だった。

 

わたしは、そらちゃんが海に連れて行きたがった金魚のおもちゃを

必要ないときに「ポケットにしまう係り」という重要な役割をしつつ、

久々の海で、塩水を飲んでもウレシイような感じだった。

 

魚もたくさんいたし、

ちいさなちいさな、しらすの大群みたいなものが

キラキラ光ながら目の前を旋回するし、

ウニはいるしで、けっこう興奮した。

 

友人Mは藤山さんのもってきた浮き輪でプカプカ楽しそうにそこここに浮いていたし

亮一さんはシュノーケルでかなり遠くまで泳いでいたし(ウツボもみたらしい)

ゆっきぃさんはバタ足でどんどん泳いでいくそらちゃんを見て大笑いしていたし

そらちゃんはもう疲れを知らずにぐんぐん楽しんでいて心強かった。

 

 

海のヒーリングパワーは元気を与えてくれるそれでした!!

さすがに大自然の末端でもこれですね。

 

f:id:akikologue:20180831151730j:plain

拾ってきた貝殻を大事にならべるそらちゃんと、泳ぎつかれてゴロっとなっているわたしたち。

 

 

こーんな「夏休み」らしいことしていいんでしょうかね。

 

というか、意識的にこのような「幸せな家庭的行事」は

なんとなく忌避してたワタクシ。

 

幸せになってしまってはいけない感。

 

なにか欠損を抱えていなければ、生きていけないような。

満ち足りてはいけないような感覚。

 

満ち足りた瞬間にダメになってしまうというような焦り。

 

はて。

 

いったいこれはいつどこから来たのだろう?

 

 

 

小さい頃は、

夏休みなんて、毎日たのしくてたのしくて仕方なかった。

幸せになってはいけないのではないか、なんてあほくさいことは考えず、

ただただ、その日のその時間をまっとうしていたという

すばらしさ。

 

 

孤独でなければものは創れない。

何かを犠牲にしなければ何も成就しない。

 

その二つが師匠の口癖でもあったし、

それは、ほんとにそうだと思う。

 

一人で生まれて一人で死ぬんだから、もうぜったいに孤独だ。

何に限らず、大企業のサラリーマンだって、

専業主婦だって、アーティストだって

それを選んだ時点で

かならずなにかを犠牲にしているし

なにも選択しないを選択する人だって

それはもう大きな犠牲を払っていると思うから

プラマイゼロだと思う。

 

要は、どうすると損にならないか

ということを考えるんじゃなくて

何を選ぶかだけに注力すればいいのかな。

犠牲はその影としてもれなくセットだと思うから考える必要はなく、

そしてその選択は、誰にも強要されるものではない、というふうに感じた。

 

 

私が選ぶ、ってうことは、神が選ぶ、ってことなんだから。

 

選んで選んで選んで選んでないと思っててもやっぱり選んで

今のここなんだよね。 

 

 

そうこうしているうちに、

I先生のお話会での録音を聞いていたら

(わたしは会場では酔っぱらって、内容をよく覚えてないことがある)

バクティ」におけるこんな話がでてきた。

 

いつもお話会に、わたしはたくさんの疑問質問を抱えていくのだけれど

お話会に入った瞬間にそれを全て忘れてしまい、

別段聞きたくもなかったことを聞いたりしてしまうのだけれど

すごいのは

最終的に先生から

「あ!それ、めっちゃ聞きたいと思ってたことNo1だとおもってことじゃん!!

そうだよ、それ知りたかったんだよ!」

というお話が、別の方の質問などを経由して出てくることだ。

 

これ、毎回そうなんだよね。

だから、もう頑張って質問を考えていくということを放棄しました。

 

           ☆☆☆

人間の本質は、至福です。

ただ、心をもってかれることはマーヤになる。

だから苦しみと同じように、ハッピーもマーヤになる。

でも、苦しいときは「神様助けてください」というふうになるけど

ハッピーなときはそうならない。

だから、ハッピーな時こそ、神に感謝すること。

ありがとう神様、って!って思えるようなモードにしておくこと。

それが大事。

苦しみの状態で「神様助けてください」より

ハッピーを感謝している方が神様に近いの。

だって

我々にとって神がリアライズされる状態っていうのはさ、

最もポジティブな出来事が起こっているっていうことだから。

神にとってはネガティブもポジティブも関係ないけれど

我々にとってはすごい大きい。

ポジティブな状態でこそ、神になる。

だって、神様に対面するっていうのは

我々にとって、いまだかつて経験したことのないような

ポジティブな歓喜の体験だからなの。

ポジティブな時にしかポジティブなことは起こらないの。

だから、ハッピーでいなさいよ、っていうのはそれなの。

 

昼と夜は同時にはいられない、ってことだから。

我々にとって神様の経験は昼にしかおきない。

神に対面したら「歓喜」しかないんだから。

 

 

近状報告その1(告知含む。)

ご無沙汰しております。

近状報告したいことはいくつかあるのですが… 

 

わたくし久々に風邪をひきまして熱が出ておりました。

いやしかし……

風邪ってこんなにしんどかったでしょうか? 

 

 

久々にルンルに行くともう関節が痛くて痛くてしょうがない。

その日帰ると、どんどんどんどん関節痛と悪寒が広がっていき、

そのうち身体がほてりはじめ、

体温を測ると38度。

かなり堪えました。

 

そして植原先生が。あの植原先生が。

絶対本なんて出さない!っていってた植原先生が、

インタビューではない本を出された。

https://amzn.to/2oSrxXa

抱腹絶倒、目からうろこ、そしてクスっとわらってしまう。

 

でもほんとにおすすめなのは、このお高いCDです。

Amazon CAPTCHA

先生の響きは永遠だと思う。

さらにインドに行ってその響きがまたガラっと変わり

最近は無言とか、聞き取れないほどの祝詞だったりすることも多く

いっつもニコニコされてます。

もしかしたら、さらに進化系のCDも出るかもしれません。

 

 

来週16日は、アースキャラバンでのワークショップです。

ワタシは16日13:40~14:40です。

「からだの声を聴く」akiko ダンス・ワークショップ!

すばらしい!

不特定多数初めてですねえ~。

来るんでしょうかね、人は。


 

前日15日は、甲野よしのりさんのWSもあるらしいですよ。

 

わたしはこう見えてある部分完璧主義なので(ホントなんですよこれ)

今日はその予行演習もかねて、友人が来てくれて、

いろいろと試してみたいことを実践してましたが、

ここ2日寝込んでいたのと、熱が下がりきってなかったのとで

終わりくらくらしました。

今も頭がガンガンしてます…

ですがおかげさまで、なんとか、かたちにまとまってきました。

 

楽しみにしよーっと!

 

友人知人とともにはじめた身体の会も、

4~5人のかなり内輪な会ではありますが

なんと9月24日でまる一年になります。

 

後から参加し始めた、半端ないモチベーションと半端ないがちがちの身体の持ち主

Y氏の要望で、頻度が落ちるどころか、上がっており、

まるで続くと思ってなかった(オイオイ…)のでちょっとビックリ。

 

最初は足もまともに伸ばせず、骨盤もが常に後傾していたY氏でありましたが

「毎日練習している」

らしく、すんごい柔らかくなり、最近は太陽礼拝までやってのけてますよ、、、

 

わたしも一年前は緊張のあまり汗かいてやってましたが、、、

なんでも人が集まるとエネルギーも集まるもんだなぁと感じます。

一人ではできないことも、できてしまったりするもんですね。

 

今後の事はほんとに一寸先は闇でして

なにもわかりませんが、

取り合えず来週までは生きていると思うし

とにかく今はこの頭痛と悪寒がなんとかおさまってほしいです。

 

今日はマリア様の誕生日。

マリア様、いつもありがとうございます!

 

えっ忘れてたんじゃないかって? そんなことはーございません!

ちゃんと今日はユリの花を活けて、

ローソクに火をつけて、

祈りしてから眠ります。

現在ほぼほぼ修道女生活です。

 

 

 

 

元気が貯まってきました。

いま、「最後のアイヌ」がごとくよばれるおばあさんの

聞き書きを編集している。

 

それどころか、アイヌ語辞典を送ってもらい、

おばあさんの娘さんと合う日程をさくさく決め、

集中して編集作業にあたっている。

 

かなりやる気まんまんなんである。

というのも、語られる内容がほんと、すばらしいのですよ。

原稿に向かえることが嬉しいのです。

 

いかに、アイヌの方々が、神様と生きてきたかがわかる。

動物の名前をただ呼んじゃいけなくて

「●●カムイ」と呼ぶ。

蛇神よ、

熊神よ、、、

 

そして、犠牲を捧げるときも、礼を尽くす。

 

あらゆる節目に儀式があり、あらゆる生活の場に唄があり踊りがあり、

神があった。

そうだよ。

これが本来だよ・・・絶対そうなんだ、と思う。

 

報酬が出るかわからないのに、よくやるよ……と思いつつ

お金がすごい出たとしても、やなことはやらないんだろうから

これはそういう性分だし、それでいいんだと思う。

 

あと半月ほどすれば、雇用保険からの補てんがでるようになるのだけれど

とはいえ、それを見越し、

報酬をのらりくらりとし始めることがありありと創造されるので

気持ちの悪さと同時に、

今週くらいから

とにかくなんでも仕事やろう!

お金を稼いだらインドとチベットとネパールとアメリカに行こう!(謎の奮起)

 

という気持ちがふつふつと湧き始めてきた。

かなり、元気のほうが先に貯まって来たのでありますね、わたし。

 

それにしても、わたしはここまで

「のらりくらりとかわす」そして「自分で決めない」

という人(社長)に会ったことが無く

これって、ある意味超受け身で、全託してるってことなんだろうか?

あれ、もしかして、私が間違っているのだろうか?

と思い始めたりもしたんだけれど

社長から、ついぞ信心深さみたいなものは感じることが無く

そうか、

積極的受け身と

消極的受け身

ってのがあるのかもしれない、と分析し始めた。

 

前者は神を前提としてそれを「選択している」のに対し

後者は神を前提とせずただ「選択しないだけ」(単なる怠慢とどう違うのだろうか・・・)

ではなかろうか・・・云々

 

悶々、悶々、、、

 

・・・ハッ(゚д゚)!こんな時間、超ムダじゃん!

 

と気づいて、行動あるのみ!と思うに至りました。

 

 

もしあの時会社を辞めていなかったら、

1000万円位貯まってたかもしれないけども。

かれこれこの3年位の間で、色んな人に出会い

ありがたいことに色んな人がまたいろんな縁を運んできてくれ、

今のわたしは、金は無いが、人のつながりが少しでも確実にあることを

とてもいいな、と思う。

 

そういえば、3年ほど前、藁にもすがりたかったときに

渋谷の占い師を訪れたわたくし。

占い師「あなた、37歳のときすごくいいわよ。男運もあるし。」

あ「37歳・・・(ご、5年後、、、って生きてんのかな)」

占い師「・・・ってそんな歳まで待ってられないかしらねえ~?」

と言われたことをなぜか思い出しました。

 

だいぶ色々とアドバイスをもらったものの、

核となるアドバイスを完全無視した私でありましたが、、、

37歳ってもうすぐじゃん。

 

なんとなく、わたしも占い師のそこだけは

信じたい気持ちがあります。

37歳、2020年は、オリンピックの年。あと2年。

 

私のかねてからの計画では、まず第一に

オリンピックまでには東京から抜け出す。

そして、もうちょっと環境のいい所に引っ越すこと!なのです。

これは、できれば実現させたいと思っております。 

 

加えて、現在の夢は

生まれたときから世話になった森のみなさんを守る!

でもって、死ぬ前までに実家付近に

誰もが来たくなってしまうような気持ちのいいアシュラムを作る!

そして、人々が日々神様と生きれるような場所にする!

(もちろんわたしも!!)

 

というものであります。

かなり実現性の高い絵空事ではないでしょうか…ネェ( *´艸`)

 

そのまえにはいくつものハードルがそびえておりますが・・・(/ω\)ミナイフリ

とにかく、今は、いつなんどきも、

神様を忘れないようにしよう。

 

f:id:akikologue:20180818184839j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

あおいうみとイルカとそらさん・・・

フールーという会社の無料サービス期間で、

和平先生が語っていた、プリズンブレイクを見始めたところ

あまりに長い。

 

あまりに長いけれども、めちゃくちゃ面白いので

無料期間に観終わったものの、

解約するのを忘れておりました・・・orz

不覚すぎる!!

 

まぁ、後ろめたさも無くていいですけどね。

 

 

とはいえ!!

悔しいので、今まで見たかったものの

みていなかった、

「グランブルー」

を観た。

 

あまり関係のない話だけれども、

私は髪の毛を短く刈ってる人が好きだ(スキンヘッドが好きなのではない)。

マイケルもそうだし、

この映画のジャックもすばらしく大好きなのであります。

 

マイケル。

 

f:id:akikologue:20180824202213j:plain

くーこの眉間のしわが!!

 

 

 

ジャック!

f:id:akikologue:20180824202227j:plain

 

そしてこの二人よりもぐっと来たのが

 

 

こいつ!

 

 

 

 

f:id:akikologue:20110713225112j:plain

 

そうです。

 

わたしは以前、イルカに逢いに小笠原諸島まで行ったくらいの

イルカ大好き人間だったのでした。

忘れていました。

イルカになれたらいいなぁと思っていた時期もあったんだ。

 

イルカのもっている生命力はすごいらしいですね。

その生命力に触れることで、ものすごいヒーリングになるそうです。

 

もうこのイルカが出てくるシーンとこのひとたちの声が好きすぎて。

 

f:id:akikologue:20180824210845j:plain

これやばい!

 

加えて、80年代の映像に残る光景の美しさ。

 何はなくとも空気だけはきれいだったと思う。

 

海がキラキラ光る光景だけでも、ずっと観ていたかったです。

 27年前の映画だそうです。

しかしこの俳優、目と存在感だけで演技していたね。

 

そして、

「ほとんどイルカにはなれた」

「クジラだけはわからない」

と言って、その後、自殺をしたジャック・マイヨールのことをもっと

知りたくなりました。

ジャックは、なんと、某成瀬ヨガの成瀬先生にも会いに来ていたんだとか。

 

 

・・・なんで死んじゃったんだろう。

 

 

そして!!!

 

 

 

イルカレベルの癒しの存在であるこのお方!

 

 

 

f:id:akikologue:20180819134311j:plain

 

 

かわいい!

 

我らがそらちゃんです。

(藤山さんのおじょうさん) 

 

藤山家にも行ってまいりました。

藤山家についてはこちらを。藤山家においでよ

 

ほぼ毎日更新される、朝ドラばりのさわやかさを漂わせつつ、

朝ドラには永遠に出てこないであろう場面のみで構成されている

藤山家のゆっきぃ自叙伝はこちら

(はじめから読んでも、止まらないほど面白いはずです)。 

私のコト

 

そんなゆっきぃさんの魂の伴侶

亮一さんのブログ(この夫婦がどんな会話をしているの一端がここに。)

藤山家、すろーカーブ。

 

そらちゃんは小学校に入ったのですが、

その山梨にある寮制の小学校というのがまたすごくて、

そらちゃんのペースは完全に守られているように見受けられました。良かった!!

 

そして!!

 

 

藤山家のお料理

(ほぼベジでつくってくださった!すんごいヘルシーで美味しい)

 

f:id:akikologue:20180819112921j:plain

 

あんまり宣伝されてませんが、

リーディングも整体もお料理付コースも継続中なはず。

(その他も色々と企画中だと思う)。

 

酒豪だったゆっきぃさんですが、お酒が飲めなくなってるらしく、

そういえば、大きい目が更に大きくぴかぴかと輝いていたので、、、

感度MAXだと思われます。

 

さらに、このお家には

二匹の毛並みつやっつやの子猫(見た目は成猫)がくわわって

 

更にすごくなってます。

 

 

 

f:id:akikologue:20180824210222j:plain

 

 

すばらしきかな、暗中模索

素晴らしき8月。

 

お金もないので、活動を最小限にしていたわけだけれども

それによってゆるされた、このきわめて怠惰な8月。

ああーわたしはほんとに、

ダラッダラしたかったんだなぁ…と心底思った。

 

しかも7月にとある流れで決心をし設置したあるものによって

室内の環境が劇的に改善された。

(高価な墓石をたてるより安くても生きている方がすばらしい♪

 という歌をエンドレスリピートしていた。)

 

家の中が伊勢神宮ばりの気の良さに転換して、

部屋にいることがうれしくてきもちよくて仕方ない。

 

軽く明るい引きこもり状態だった。

 

それでも、何人かの人と逢い、帰省をした。

東京のマリア様の会で先祖供養をして帰ったので

ことしはどんなことがおきるかどきどきしたのだけれど、

帰ったら、うちのそばに山に入っていく舗装された道ができていた。

それがどこに続いていくかとおもいきや

村の氏神と、山の神へのダイレクトロードになっていた。

 

なんでも、裏山のがけくずれを防ぐ目的で作った道なんだというが

O津家から山の神への最短ルートが建設されたわけだ。

 

これは、私に行けってことだな!と早合点したわたくしは、

いさんでお参りし、

さらに、なぜか祠の扉があいているので

不信に思って、

三輪神社の聖水で浄めてから、中を掃除し始めると

祠の床にしいてあった木片の下から

 

大量のでかい蟻と蟻の卵が!!

 

Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

 

 

気持ち悪しいぃぃぃ・・・・・

 

 

一瞬その木片をすてて飛び上がってダッシュして後退したけれども

日頃神様神様いっているのに観て観ぬ振りもできず、、、

家に帰って蟻退治の粉を持参して、再度息を止めて掃除にチャレンジし

吐きそうになりつつも、

木片といろんな字のかかれた木札などをきれいにして

祠をしめてきました。

 

フー・・・(@_@。

 

その小道にあらわれたチョロリン。

f:id:akikologue:20180813110749j:plain

 

わたしの部屋の前にもアニエスベー

f:id:akikologue:20180814102524j:plain

 

そして、ブダガヤにいったあと発見された

古いお墓にもお参りしました。

蔦のグラデーションがすごいきれい。

f:id:akikologue:20180813114032j:plain

 

 

そして、うちのジブリ化はすすみ・・・

f:id:akikologue:20180812171244j:plain

 

 

5月に植えたタカキビがこんなに大きくなっていた!

 

 

f:id:akikologue:20180812154231j:plain

 

 

そしてわたしが毎日話をしていた栗の木とその仲間たち。

このひとたちはいまだにやさしい。

 

f:id:akikologue:20180814171611j:plain

 

今回は、野らぼう菜を植えて帰ってきました。

 

8月15日。

イグナチオ教会に寄って、聖母マリア被昇天の日のお祈りをし、

会社に離職票を貰いに行き

案の定なにも書き込まれていないので(どういうこっちゃ!)

自分でぜんぶ作り直して

翌16日に書類提出。

 

晴れて自由の身ですが、

まだ担当している本の仕事はあるし、

が、しかし、まだ先月分の給与が全額入ってないのに、

今月は入るのか?

 

わきゃぁないだろうな♪(*^▽^*)・・・

どうしたらいいのこういうの? 

 

はてさて、akikoの大冒険はつづく。

 

お楽しみに!

 

つれづれなるままに

昨日は、ヨガの先生宅で、マントラを皆で唱える会があった。

ジャパ(聖名を唱えること)は日常になりつつあるけれど

惰性になってしまったりして^^;

 

とりわけ、日本では日常で目にする機会も葬式くらいでしかないから・・・^^;

やりこんだひとのジャパを近くで感じるのは刺激になるし

こういうペースでやればいいんだなぁってわかったり

人とやることでエネルギーも感じやすかったりする。

昨日は部屋がパキパキ鳴っていた。 

 

悟りを得るのに修行はいらない、ただ真我にとどまればいい

というのはたぶんほんとうだと思うのだけれど

すこやかであること、

自分を知ること、コントロールすること、

いつも神様に向かっていられるようにするには

よわっちい私にとっては

瞑想やジャパや祈りや身体の修行がどうしても必要だし

それをやっていたほうが、健やかで元気で楽しいってところにいきついた。

修行と苦行は別物だ。

そして修行と悟りは別物だ。

ってことを知っていればいいと思う。

でも手放しで真我に留まれる人なんているんだろうか?

いたら教えを請いたいよ。

 

そしてダンスってなんだろう、舞踏って何だろう、

なんでこんなにこだわってきたんだろうと考えていて

このあいだ急にそれに対する答えをもらった。

舞踏は瞑想だしタントラなんだ、

相反するものをひとつにまとめあげること。

自分の中のカオスを観る事。

そっかーと自分の中で納得した。

 

相反するものをちゃんと知って統合することができたときに

ものごとは全体を見せてくれるようになるんだと思う。

そして身体のなかにはそういうカオスが存在してる。

だから先生は「1を知れ、1を知ればあとはなんでもできる。

1を知らなければ何をやっても何にもならない」というんだとおもう。

 

でも、じゃあその1っていうのは、苦行を何十年もしなければ

みつからないのか、といえば

「ちがうよ、いまここにある、もっとも近くにある。もうあなたはそれを知ってる」

という答えがどこからか返って来るので

ほんとにやっかいだ。

いや、ほんとにシンプルだ。

ええ?どっちなの・・・?

というすばらしい混乱がやってくる。

 

さらに

神様は優しくて、愛にあふれて、すべての人を許す

というのは、ほんとうだけども

その愛し方というのは、人間の理解をはるかに超えたもので

人間から見たら超残酷でおどろおどろしい苦悩や絶望であったりするし

さらに、神様はジェントルマンだから、自分を求めない人には近づかない。

こちらから近づいていかないとならない。

だから、人はすべて救われているなんてことはない。

神様があると思っていない人に神様はない。

単純だ。

わたしたちだって、日常で神様がなくなることなんてしょっちゅうだ。

だから、常に意図していたいと思う。

 

すこしずつすこしずつ、

ほんとにもどかしい気持ちとともに

神様につうじる回路が開かれている実感はあって

それはとりもなおさず、自分に通じる回路がひらかれていくことだと思う。

前進はなく後退もなく、ただ神の恩寵だけがたよりという

このつかみどころのなさ!

すごいね。

 

でももっとこの世界の

神秘をしりたい。

自分がなんであるかを知りたいと思う。

 

そして、昔のI先生の文章を見つけた。

修行時代をほうふつとさせる今にはないくらいの厳しさがあって

なんかちょっとすごい。

http://taranath.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_9319.html

 

 

 

 

 

 

木場公園でダンス。

みなさんこんにちは!

なんとか生きながらえております!!


暑い日が続きますが、

お元気ですか。

 

さて。

9月16日12-14時のどこかで

アースキャラバン2018(@木場公園)にて

ダンス・ワークショップをする運びになりました。

 

私が個人的に外部でするワークショップは初めてなので、恐ろし楽しみです。

そんなに広いところではないし、テントの下だし、

どんなことをやろうかなぁと考えながら、でもそれが自分にとっては

踊りを取り戻す作業になっています。

ほんとうに、ありがたい話です。

 

(そして、どなたか野外でコンセント無しで使えるデッキとか

スピーカーの類、持ってないでしょうか・・・!?買わないで済んだら大変助かります!)

 

誰でも参加していただけたら嬉しいなと思っているので、

詳細が決まりましたら、また告知します。

収益の半分はアースキャラバンと戦争で傷を負った人の支援になります。

 

ひとりの僧侶であり指圧療法家であり音楽家であり元家出少年でもある

遠藤喨及 - Wikipedia さんが発起しています。

このpdfを読むと、だいたいのことがわかります。

これほんとに、すばらしいです↓

https://endo-ryokyu.com/wp-content/uploads/2017/07/200ryokyu.pdf

 

わたしは、植原先生の所でこの方の指圧の本をみつけて

指圧を受けに行った際、

こちらのお坊さんであり、療養家の Yさんが

「デスクワークはよくない」そして「コーヒーはほんとに身体によくない」

となんにも言っていないのに言うので

当時 きまりそうだった珈琲の会社を辞退したという経緯があります(笑)

 

その後、念仏にいったり、WSに行ったり、

りょうきゅうさんの話を聞きに行ったりしているうちに、

そんな流れになりました。

前にも記事にしてましたね。

http://akikologue.hatenadiary.jp/entry/2018/03/25/004201

 

タオサンガのHPには、ほんとうに珠玉の説法がたくさん載っています。

どれほどの勇気を貰ったことか。


特に「住職に聴く!」が秀逸です。


和田寺タオサンガ道場 | 人生をアートする!

 

本来、集団のトップになんてまるでなりたくなかった人が

運営する「集団」のあり方は、すごいです。

 

仏教の最先端、極北をひた走ってると思います。

 

 

アースキャラバンという壮大なこころみはこちら。

Earth Caravan 2018【Earth Caravan:アースキャラバン】