日月日誌 hitsuki nisshi  

来し方行く今と日々のアーカイブとして綴っています

ちいさな齟齬と決意のお話。

なかなか覚束なかったインド渡航の手配がどんどん進み始めた。

私が渡航の意思を明確に持ってからのことだ。

決めたら、進む。

決めなければ、進まない。

そのことを今痛感している。

 

また失敗するかもしれないし、

人と仲たがいするかもしれないし、

嫌われるかもしれないし、

もしかすると危険なことだってあるかもしれない。

でも。

決めなければ進まないんだ。

 

わたしは一応律儀なので(´艸`*)

行ってきますの挨拶をいろんな人に言っているのだけど、

反応はさまざまだ。

おおむね、皆心から応援してくれる。

ありがたい。

同時にメールを貰うとそのときのその人のエネルギーも一緒に

来るので、どういう気持ちでそれを書いているかが流れ込んでくる。

なので、実にいろんなことがわかってしまう。

 

それは別に私自身もそうだろうからいいんだけど、

はっきりと、人との付き合いも変わって来た。

どこかに無理を抱える人との付き合いが難しくなってきた。

とっても小さな齟齬であっても、

歯車はスムーズにまわらないものなんだということが

よくわかってきた。

 

静かに祈れ

と親しくしていたある人はいう。

わたしは、祈りは静かなものとは限らないと思ってて

過激な祈りだってある。

昨日コッコの7年前のDVDを見ていたのだけど

あんな過激で美しい祈りはないと思ったよ。

 

静かにただ待っているだけなんていやだ。

何もできなくても、何かできるかもしれない。

大きな災害があふれるようになって、

それをただ静かに祈ってやりすごす、っていうのは

ある意味正統派なのかもしれないけど、

私はいやだ。

神の意思だったとしても。

 

 

だから、動こうと思う。

心の赴く方に。

そしていっぱい失敗するんだ。

死ぬときに後悔しないように。

最悪、死ぬだけなんだから。 

賭けに出るわたし

みなさまこんばんは。

まだ続くナヴァラトリをいかがお過ごしですか。

 

サラスヴァティ女神の今日は、

大好きなサラスヴァティにたくさんジャパをしました。

インド、ブダガヤでは、インド一大きく、参拝客の全然いない

すばらしいサラスヴァティにまみえました。

 

この女神さまはすばらしくないですか?

f:id:akikologue:20171021092009j:plain

 

近影はすさまじいので非公開デス…( ;∀;)

 

5~6年前に一緒に住んでいたヨガの先生が来日し

不思議な縁で、メープ(仮)氏のヨガの先生でもあった方と

今年、チャリティヨガで再会。

 

その後、むくむくと、インドでヨガをしてみたい気持ちが湧き

仕事の報酬が出なそうという「チャンス」を活かして

そういうことなら休みます!

ということで、

インドに行ってくることについ最近決めました。

 

今度は長いよ。

 

一緒に住んでいたヨガの先生は10年間

インドのアシュラムと日本とをほぼほぼ半々ですごしていて、

向こうではかなりのポジションにいらっしゃるらしく

いろいろと便宜をはかってくれ

支払いも分割払いにしてくれることになりました。

 

ありがたいです。

報酬はでてないけど、雇用保険から補填もでるので

なんとかなりそうです。

 

消えてなくなる体験にお金を使う。

体験は死んでも残るものだ。

たとえこの世界はマーヤでも、体験はだれにもうばわれない。 

誰かを好きになるのも体験。

誰かに振られるのも体験。

騙されるのも体験。

喜びも体験。

失うことも得ることも体験。

 

昨日の夜、屋上によじ登りながら

あー煙草 吸いたいなーと思いながら、

あー生きてるなと思いました。

生きてるなぁ!って思いました。

 

 

奇しくも場所は、南インドケーララ州。

アンマのアシュラムも、遥かなるアルナーチャラも南インドにあります。

遊びをせんとや… - 日月日誌 hitsuki nisshi (青山先生の記事がでてきた)

 

全部行ってきたいと思います。

 

わたしの周りでインド渡航がひしめきはじめているこの時期

なにかあるのかな?

 

どうぞ神様、お守りください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つれづれ(すぎてごめんなさい)

みなさんこんにちわ。

 

昨日からナヴァラトリーですね。

 

昨日は早朝に、福岡からうつくしいヨガの先生が来ており

吉祥寺で朝ヨガに参加してました。

 

ひっさびさにガンガン身体を触られて矯正してもらって

そのあと背中がかなり伸びてすばらしい2時間だったのと

先生のヨガへの愛に触れてた時間でありました。

やっぱり身体はいいね。正直。

 

自分だけでやっていると、

どうしても自分の思い込みの枠から身体が出ないので

人にちょっと直してもらうだけですごい気づきがおきるので

適切な人に適切なアドバイスを貰うことは宝だと思う。

そういうところにお金を使いたい。

 

さて。

ナヴァラトリーのホーマ(よくわからないひとはお聞きください)

に申し込んでいたわたくし。

なにを隠そう、去年某所で出逢った女神が

ナヴァラトリのメインの神様であるドゥルガーで、

そのお名前は「近づきがたい者」。


出会っていながらもなんとなく近寄りがたく

メープ氏(仮)に極小のドゥルガー像をもらったのですが

マントラすらとなえていなかったのですが、

何となく必要な気がしてホーマに申し込み、その実施が昨日でした。

 

ヨガが終わって、井之頭公園の弁財天様に挨拶して家に帰ると

(ノД`)・゜・。ね、ね、ね、眠い。

猛烈な眠気が襲ってきた。 

しかし朝できなかったジャパをはじめると

背骨がちゃんとなっているので、声のとおりがめちゃくちゃにいい。


感動しながら、ドゥルガーにも108ジャパ。

終盤バガラムキーまできたとき、最高に眉間がジリジリする。

バガラムキーというマイナーではあるけれど、強力な女神様に身体はここのところかなり反応する。

この女神とマリアさまのときだけ途中であくびが出て身体が緩み、

そのあとの瞑想をいい感じに誘発してくれる。

 

 

そうこうしているうちに、立っていられないほど眠気が襲ってきて

ばたっと床に倒れてそのまま寝てしまった。

はっと目を覚ますと 

Σ(・ω・ノ)ノ!


16時半。。。

じゅ、じゅろくじはん??

マジで?

 

あとで確認すると、ホーマの時間が14時~17時。

これなのか?

そうこうしているうちに、生理が来た。

こっちなのか?

 


生理。

わたしは軽いので、だいたい3日で終わる

生理痛もほどんどない。

しかし、倦怠感と眠気はすごくある。

さらに始まるまえ2日くらいから身体が準備モードになるので

計5日間くらいはこの月のイベントに左右されることになる。

 

生理の重い人なんて、パソコンだらけの超絶環境の悪いところで働いている場合

どうやって生き延びているのだろうか?

 

これを男性にわかってくれっていっても、わかるのはむずかしいと思うから

自分で調整をするしかないんだろうなぁ。

女性が男性と同じ条件下で働くというのはそもそもやっぱり無理があるよね。

だから、巧く言えないが

私はそこらへんをめざすフェミニストが苦手だった(今もだけど)。

そのあたりが、私と踊りの師匠のかなり違う所だ(先生はばりばりのフェミニスト。)。


そんなこんなで、茫然自失状態のまま午後を過ごし あわてて夜に仕事をして

あんなに寝たにもかかわらず、夜もパタって寝た。


そんな1日だった。


 

雑誌をつくっていたときであった安田さんのこと

部屋の中でひっくりかえってぼーっとしてた。

 

頭の先にある本棚になんとなく目が行って

学生のころにつくっていた、薄い雑誌をぽろっと取り出して、

なんとなく読んだ。

おもしろくなって、つぎつぎに呼んだ。

 

いま読み返しても、学生のやりばのない気持ちをみんなが持ち寄って

書き綴った文章はかなりグッとくるもので

しかも、おもしろくて、すばらしかったんじゃないのアンタ、ここに居られて

と思った。

 

それで。

 

いま、拘束されている、安田さんにインタビューをしたときの

自分の記事が出てきた。

おおよそ14年前のお話。

 

 

あぁ!と(自分の文章)思う所もありますが

(基本的に、私 変わってないし…)

安田さんのことが、よくあらわれている気がして、

載せてみようとおもいます。

学生にもすごく丁寧に対応してくれたし、こんな先輩がいたんだと

当時感じました。

 

しかも、今の自分よりも若いんだよ、安田さんが。

それでいてこんな話が出来る人だった。

 

 

生還と再度の活躍を、願っています。

 

(曲がったりゆがんだりしててスイマセン↓)

 

 

f:id:akikologue:20181004222505j:plain

 

f:id:akikologue:20181004222053j:plain

 

f:id:akikologue:20181004222430j:plain

f:id:akikologue:20181004222815j:plain

 

近況報告

こんにちはーご無沙汰しています。

元気でやっております。

 

最近は食べることでストレスを解消しようとすることがなくなったのか

はたまた、食に対する興味が薄れたのかわかりませんが、

はっと気づくと食べるのを忘れるような感じで、

それにともなって体重もいい具合に減り、身軽になってます。

多分、去年の暮くらいから比べると4~5キロ落ちたと思う。

 

身体が欲するものに正直になっている感じがして

揚げ物も食べるようになったし(忌避してた)

ジャンクも摂るし、純和食も作るし、パスタもゆでるし

それぞれ適量、みたいな感じです。

 

以前は、合間合間で急いで食べるのようなことが多くて

結果、充たされなかったりが多かったし、気を抜くと太ったし、

それがまた新たなストレスを呼んだりしていたので

かなりの大変化ですが、これでいいような気がしています。

願わくばこういう状態が続くとかなり人生は楽だし

食費も無駄にかからないでいいなと思います。

 

昨日の台風がすごかったおかげで

興奮したのか、眠れず、今日寝坊してしまったんですが、

外を見たらピーカンでものすごいすっきりしていました。

日本列島 大浄化だったんですね。

きのう台風の話をしていたら、ある方に

古神道では、台風は自然を維持管理している10柱のうちの一つで

大変 重要な神であると教えてもらいました。

 

わたしは、いつも、お祈りをはじめるときは

神様→聖母(キリスト)→アンマ→(仏陀)→ヒンドゥーの神々

のような順番でするのですが、

初めの神様のとき、いっつもものすごくあくびがでるのですが(そういう人います?)

緩むんでしょうか?

あくびをちゃんと充分に通りすぎると、

ヒンドゥーの神々のときにいい感じになって

そのあとの瞑想がうまくいきます。

今日はきわめてうまくいった感じで、これは台風がいろいろを

吹き飛ばしてくれたからなのかもしれません。

 

今週から来週頭はなんともビッグな週になりそうな予感がするので

ちょっと気ぜわしいですが、どきどきしています。

 

そして、もろもろの諸条件が整えばですが

来月ある場所に行きたいとおもって、水面下でいろいろと動いてます。

呼ばれれば行くし、呼ばれなかったら行かないし

いろんな外的状況を観察しようと思います。

 

兎にも角にも、坂爪さんのいう、一日一F(fear)が大事だと思う。

(一日ひとつ、恐れを感じることをする)


変化を恐れていたら人間界では劣化しかない、というのは

敬愛する、R和尚の言葉ですが、

変化していくことを怖がらずに、きらわれることを恐れずに

失うことも恐れずに、得ることも恐れずに 直観と体感を信じながら

やってみようーと思います。



行ってきました北海道。

北海道行ってきましたー!

 

f:id:akikologue:20180921164100j:plain

 

今回は(も)あやしげな話ですが。

 

渡航

体調が悪い。

熱が出る。

治らない。

 

という症状がではじめた。

 

生体ハウスで3泊すると、たいていの不調は消えるので

回復を図ったのち

なんでだろう?と考えるとやはり今の仕事が原因としか思われない。

そうすると北海道行きは若干怖い。

いやかなり怖い。

 

そんな折、いつものヨガで、

この際↓


お世話になった、ヒーラーのKOUさんと帰り一緒になり

チラっとそんなはなしをすると

アイヌだったことないかな?」と言われるので、

なんだかドキっとした。

 

「海を渡る前にはKOUさん」と思い

急きょ、1日前に、ぎりぎりワークショップに参加したいです!メールを送ると

快諾してくださり、参加。

 

いろんな映像がやってきました。 

どうやら、アイヌの男性だった私は

和人による侵略略奪が起こるときに

皆とは違う場所にでむいていて、違う場所で幽閉され

結果、苦痛を周りの人と共有しなかったということで

自分をせめつつ亡くなった

のような過去があるらしかった。

 

「平安と明るさを実現したかった」

のような、未練がたっぷりと残っているように思えた。

そんでもって、今生でも

「無力感」

にさいなまれながら生きてきた自分がその延長にあることを指摘してもらい

それには、膝を打ったよ。

 

 そのときに感じていたことを、その侵略者の視点まで拡大して

じっと見て感じていくという事をするのだと教えてもらった。

 

自責の念ということの奥にはまだもう一つの奥まった感情があって

それを解放してあげないといけないようだった。

 

すると、ストーリーは変化して、

皆の元に戻り、

侵略する側にある恐怖も解放され

だいぶ不思議な感じだけれど、明るさが戻って来たように思われた。

そして今回の渡航

 

渡航前から、ずっと頭にあったことばが「シャクシャイン」だった。

シャクシャインについてはこちら。シャクシャインの戦い )

行ってみてわかったけれど、

おそらく、300年前の過去の私は

シャクシャインの戦いの戦士だったんだろうというふうに感じられた。

そして今回はその供養祭に参加し

シャクシャイン城でゆっくりすることができたのは

なんだかありがたいことでした。

 

f:id:akikologue:20180923131206j:plain

 

f:id:akikologue:20180923142055j:plain

 

今回は仕事内容の関係上

たくさんの感情が渦巻いているところに乗り込んで

うおー!これはやばい!

と思ったけれども、乗り切った。

みんな、いいひとだったけど、かなり悲しい記憶のある場所だった。

アイヌ料理をしこたま食べて

もう魚は当分いいです・・・

という気持ちになりました。

 

鮭はほんっとに美味しかった。

 

「食べきれるだけ獲る」

「獲ったら感謝の儀式していただく」

ということしていたらほんとにそれでよかったんだよね。

 

勝手に取るの禁止するとか

何て身勝手なんだよ、と思った。

f:id:akikologue:20180922105412j:plain

f:id:akikologue:20180923122715j:plain

ありがとう、鮭。

 

そういえば、前の仕事のときも出張先が北海道で

北海道に着いた瞬間に高熱が出て、病院にいくと

インフルエンザにかかったとかで

結局仕事を一切せず

ホテルに幽閉されていたことがあったんだ。

 

「どこかに行く」

ということは、

自分の選択であれ、他の理由があるのであれ

おそらく、繰り返し繰り返されてきた人生で縁のあった場所に

運ばれるのだろうなー・・・と実感しました。

 

3泊でしたが、若干気をはってつかれたのか

本日は一日、身体がいうこときいてくれないのでなにも出来ませんでした、、、、

とにもかくにも、行ってこれてほっとしました。 

 

 

f:id:akikologue:20180923114448j:plain

近状報告その2。ハッピーについて。

こんにちは!!

 

元気が貯まってきました!なんて記事をアップしたのに、

急降下で谷底に撃沈し、

発熱、嘔吐、悪寒、関節痛、その他もろもろの症状に見舞われ

 

 

それがほんとうに

 

 

全然治らない。

 

 

つらい。かなりつらい。

今週はワークショップもあるのに・・・・

 

 

理由を考える。

 

 

理由がビンゴだと、それだけで軽くなる場合があるのだけど、、、

 

・・・あれ?

 

 

うーんやばい。これはやばい。

ということに思い当たりました。

思い当たっても軽くならないヤツかもしれない、、、。

 

この辺はまた折を見てかけたら書こうかなとおもいます^^;

 

あまりにつらいので、横浜にある、生体活性化ハウスに逃げ込んで、

二泊しても頭痛は残った。

三泊すると生命力が戻る」という言葉に従い

三泊辛抱して泊まったらにきれいさっぱり消えました。

ほんとに 助かりました。

三泊目はカード払いでしたけど( ;∀;)

 

さて。

途中まで書いて、頭痛のために息絶えていた、’夏思い出’をアップしようとおもいます!

 

              ☆☆☆

 

 

 

8月末近づいたある日わたしははたと気づいた。

 

 

夏だってのに、夏休みらしい何かをひとつもしてない・・・

 

 

そして、こう思った。

 

 

そうだ、海に行こう!

 

 

何ていい考えなんだろう!

 

 

ここ何年も、純粋に海に行きたいなんて思ったことがなかった。

いつも夏は超絶忙しかった。

 

 

日帰りで行ってこれる最高の海といえば

伊豆しかなかろう。

 

そこで、PCを開き、

 

『伊豆 海 穴場 人が少ない』

 

というようなキーワードとともに調べたところ・・・

出てきたところがココ。

 

本当は教えたくない!伊豆の穴場ビーチ3選

 

九十浜というマイナーな海岸。

調べるほどにその美しさが、ちっちゃいながら沖縄的なものを彷彿とさせて

わたしの心に迫って来た。

 

実は沖縄に行くと、わたしは、

米軍基地とか、御嶽とか、辺野古とか、戦争とか、霊魂とか

いろんなことに気を取られてしまい

純粋に楽しめないというやっかいな性分であるのだけれども

ここではたぶん、そういう重いものがないのだから

純粋に海をたのしめそうだな、と思った。

(めんどくさい性格だ)

 

思い立ったが吉日!

 

明日さっそくささっと行ってこよう!!

と思ったけれど

その「気軽さ」はもう充分に味わってきたのだから

今夏は、誰かと行った方が楽しそうだなーと思って

友人何人かに声をかけた。

すぐに返事をくれたY氏の希望日が31日だったので、その日に決定した。

 

しかしY氏は男性である。

 

ほかに行きたい人はいないのだろうか?と思っているうちに

計画通りに進まない夏を過ごしていた

藤山家のことがあたまに浮かんだ。

 

いやしかし、家族水入らずですごしている夏の終わりに

「海行きます?」なんて聞いてもいいのだろうか?

断るのも面倒だったりするのではなかろうか??

わりかし勇気いるな・・・断られてもへこまないようにしよう・・・

などと考えつつ、遠慮がちにお誘いメールをしてみた。

 

すると・・・

ソッコーで「行く!」というテンション高めでの返事を

ゆっきぃさんがくださった。

 

勇気をだして言ってみるもんですね!

 

さらに、藤山家参加をうけて、友人Mが参戦を決意。

 さらに

日程決定に重要な役割を果たしたY氏が怖気づき(笑 予定があったらしい)

結局

私+藤山家のみなさま(ゆっきぃさん・亮一さん・そしてそらちゃん)+友人M

という素晴らしいメンバーで行けることになった。

(もちろんY氏にも来てほしかった)

 

 

しかも、ゆっきぃさんの提案により、

安くてしかも結果すばらしくリラックスできる貸しロッジにて一泊することになりました。

しかも、車でピックアップしてくれ、ごはんまで作ってくれたのですよ。

 

お泊りで海。

 

何年ぶりでしょうか?

 

 

そしてさらに

この小旅行はもれなく「そらちゃん付き」だったのであります。

 

そらちゃん( *´艸`) ↓

f:id:akikologue:20180831122336j:plain

海へ向かう道での見返り美人

 

そして、

友人Mがとってくれた超絶すてきな雨宿りの写真。

f:id:akikologue:20180901092035j:plain

そらちゃんとおしゃべりはめちゃくちゃ楽しい。

 

 

そしてその一部始終は

ゆっきぃさんがブログにすばらしくアップしてくださったので、

そちらを読んで頂ければ十分かと思う。


 

海はこぢんまりとしていて

人は少なく

遠浅で透明でさかながキラキラ群れていて

天気は良く

要するに最高だった。

 

わたしは、そらちゃんが海に連れて行きたがった金魚のおもちゃを

必要ないときに「ポケットにしまう係り」という重要な役割をしつつ、

久々の海で、塩水を飲んでもウレシイような感じだった。

 

魚もたくさんいたし、

ちいさなちいさな、しらすの大群みたいなものが

キラキラ光ながら目の前を旋回するし、

ウニはいるしで、けっこう興奮した。

 

友人Mは藤山さんのもってきた浮き輪でプカプカ楽しそうにそこここに浮いていたし

亮一さんはシュノーケルでかなり遠くまで泳いでいたし(ウツボもみたらしい)

ゆっきぃさんはバタ足でどんどん泳いでいくそらちゃんを見て大笑いしていたし

そらちゃんはもう疲れを知らずにぐんぐん楽しんでいて心強かった。

 

 

海のヒーリングパワーは元気を与えてくれるそれでした!!

さすがに大自然の末端でもこれですね。

 

f:id:akikologue:20180831151730j:plain

拾ってきた貝殻を大事にならべるそらちゃんと、泳ぎつかれてゴロっとなっているわたしたち。

 

 

こーんな「夏休み」らしいことしていいんでしょうかね。

 

というか、意識的にこのような「幸せな家庭的行事」は

なんとなく忌避してたワタクシ。

 

幸せになってしまってはいけない感。

 

なにか欠損を抱えていなければ、生きていけないような。

満ち足りてはいけないような感覚。

 

満ち足りた瞬間にダメになってしまうというような焦り。

 

はて。

 

いったいこれはいつどこから来たのだろう?

 

 

 

小さい頃は、

夏休みなんて、毎日たのしくてたのしくて仕方なかった。

幸せになってはいけないのではないか、なんてあほくさいことは考えず、

ただただ、その日のその時間をまっとうしていたという

すばらしさ。

 

 

孤独でなければものは創れない。

何かを犠牲にしなければ何も成就しない。

 

その二つが師匠の口癖でもあったし、

それは、ほんとにそうだと思う。

 

一人で生まれて一人で死ぬんだから、もうぜったいに孤独だ。

何に限らず、大企業のサラリーマンだって、

専業主婦だって、アーティストだって

それを選んだ時点で

かならずなにかを犠牲にしているし

なにも選択しないを選択する人だって

それはもう大きな犠牲を払っていると思うから

プラマイゼロだと思う。

 

要は、どうすると損にならないか

ということを考えるんじゃなくて

何を選ぶかだけに注力すればいいのかな。

犠牲はその影としてもれなくセットだと思うから考える必要はなく、

そしてその選択は、誰にも強要されるものではない、というふうに感じた。

 

 

私が選ぶ、ってうことは、神が選ぶ、ってことなんだから。

 

選んで選んで選んで選んでないと思っててもやっぱり選んで

今のここなんだよね。 

 

 

そうこうしているうちに、

I先生のお話会での録音を聞いていたら

(わたしは会場では酔っぱらって、内容をよく覚えてないことがある)

バクティ」におけるこんな話がでてきた。

 

いつもお話会に、わたしはたくさんの疑問質問を抱えていくのだけれど

お話会に入った瞬間にそれを全て忘れてしまい、

別段聞きたくもなかったことを聞いたりしてしまうのだけれど

すごいのは

最終的に先生から

「あ!それ、めっちゃ聞きたいと思ってたことNo1だとおもってことじゃん!!

そうだよ、それ知りたかったんだよ!」

というお話が、別の方の質問などを経由して出てくることだ。

 

これ、毎回そうなんだよね。

だから、もう頑張って質問を考えていくということを放棄しました。

 

           ☆☆☆

人間の本質は、至福です。

ただ、心をもってかれることはマーヤになる。

だから苦しみと同じように、ハッピーもマーヤになる。

でも、苦しいときは「神様助けてください」というふうになるけど

ハッピーなときはそうならない。

だから、ハッピーな時こそ、神に感謝すること。

ありがとう神様、って!って思えるようなモードにしておくこと。

それが大事。

苦しみの状態で「神様助けてください」より

ハッピーを感謝している方が神様に近いの。

だって

我々にとって神がリアライズされる状態っていうのはさ、

最もポジティブな出来事が起こっているっていうことだから。

神にとってはネガティブもポジティブも関係ないけれど

我々にとってはすごい大きい。

ポジティブな状態でこそ、神になる。

だって、神様に対面するっていうのは

我々にとって、いまだかつて経験したことのないような

ポジティブな歓喜の体験だからなの。

ポジティブな時にしかポジティブなことは起こらないの。

だから、ハッピーでいなさいよ、っていうのはそれなの。

 

昼と夜は同時にはいられない、ってことだから。

我々にとって神様の経験は昼にしかおきない。

神に対面したら「歓喜」しかないんだから。